【忙しい人のための】シン・安倍晴明物語~天才陰陽師の恋~
第3話 平将門の祟り
天慶三年(940)正月、賀茂忠行は白衣観音法を修させてほしいと朝廷に奏上した。藤原忠平はこれを受け入れた。ところが、密教僧の中にこの修法を知る者がいない。晴明は、夢で唱和されていた呪文について頭を振り絞って思い出し、一言一句違わず紙に記した。忠平は晴明が受けた神託に感嘆し、寛朝僧正に白衣観音法を修させた。
この一件を通じて、賀茂保憲は玉屑が実在する神仙だという結論に思い至った。晴明が映し出した幻にすぎないのなら、彼の知らない白衣観音法が夢に登場するのはおかしいという。だが、晴明にとって彼女が実在するか否かはどうでもよかった。いずれにせよ、現実の世界で触れ合うことのない存在である。
朝廷が派遣した討伐軍が平将門を討ち取った。白衣観音法の効験であろうか。将門の首級は平安京の東市に梟首された。東国の兵乱は鎮まったかのように思われた。ところが数日後、陰陽寮は朝廷から将門の祟りを鎮めるよう命じられる。首級を見物しに来た人々が、次々と倒れる事件が発生したのである。朝廷は将門の怨霊が衆生に祟りを及ぼしていると考えたらしい。晴明と保憲はただの暦生にすぎず、まだ陰陽道の祭祀は教わっていない。晴明は、自分たちには関係のないことだと思っていた。だが、陰陽師たちは誰も将門の祟りを鎮めることができない。
晴明は武兼から、忠行に祟りを鎮める方法を尋ねてほしいと頼まれる。白衣観音法のような修法さえ知っている忠行なら、解決策があるかもしれないと。晴明がそのことを忠行に伝えたが、忠行はなかなか首を縦に振らない。それどころか、彼は晴明に祟りを鎮めるよう促してきた。晴明には玉屑の加護があるからだと。
その日の夜、晴明は玉屑の夢を見た。夢の中で、玉屑は炳霊帝君に地獄の案内を頼んでいる。炳霊は拒んだ。地獄では日々凄惨な刑罰が行われており、女子が見るものではないという。しかし、玉屑は引き下がらない。冥府に仕える以上は、地獄を知らなければ一人前とはいえないと。炳霊は断りきれず、渋々彼女を地獄へ案内した。晴明も覚悟を決めて後に続き、地獄を見る羽目になった。数刻後、晴明がようやく地上に出ると、満月の光に照らされた。その瞬間、目が覚めた。
昨晩の夢のせいで、晴明は体調がすぐれない。しかし、この日は将門の祟りを鎮める吉日である。先延ばしにはできない。晴明を心配した保憲が彼に付き添った。東市へ赴くと、将門の首級が安置されていた。それを見た保憲は体調を崩し、その場に倒れ込んでしまう。一方、晴明は怯むことなく首級を首桶に納めた。
晴明は首桶を朝廷に差し出し、彼の功績は陰陽寮にも知れ渡った。この一件がきっかけで、晴明は周囲から一目置かれる存在になった。保憲は、やはり晴明には玉屑の加護があるのだと感嘆した。
天慶五年(942)七月、西国の反乱も鎮まり、天下に平和が訪れた。保憲は暦生の身でありながら造暦に携わり、その功績を認められて暦得業生に任じられた。彼には後継となる息子(後の賀茂光栄)もいる。一方、晴明は二十歳をすぎてもなお未婚でいた。
晴明は忠行から独り身であることを心配され、縁談を勧められる。晴明は気が進まない。「私は賤しい身分であり、管弦や和歌の才もありません。まして、もう若くはない私を婿として受け入れる女子などこの世にいないでしょう」。だが、晴明はその言葉を発したとき、一つの結論に思い至った。自分と玉屑が出会ったところで、身分も低く何の才能もない自分を彼女が好きになるはずがないのだと。晴明は玉屑に別れを告げ、忠行の縁談を受け入れることにした。
その日の夜、晴明は玉屑の夢を見た。夢の中で、玉屑は沈痛な面持ちで泰山府君に閉関をしたいと申し出た。泰山府君は彼女の意図を理解できない様子である。閉関はいつ終わるか分からず、長ければ数百年費やす場合もある。その間は、世俗との関わりが断たれるが、それでも構わないのかと。玉屑は頷いた。泰山府君は彼女に冥界の氷洞を案内し、この地に籠もり閉関を行うよう促した。
七夕の夜、晴明は保憲から和歌を見せられた。縁談の相手に贈る恋歌である。晴明には和歌の心得がないため、保憲に一任した。世間の人々は七夕に向けて願い事を短冊に書いたり、天上の星に願いを祈るものだが、晴明はまだ何もしていない。保憲に勧められて、縁談の相手が玉屑に似ていることを祈った。先日の夢によれば、玉屑は洞窟に籠もり修行をする予定である。世俗と関わらないのなら、彼女の夢を見ることもないのだろうか。
ところが、その日の夜に晴明は玉屑の夢を見た。これまでとは異なり、場所は冥界ではなく貴族の邸宅のようだ。晴明は辺りをさまよううちに、この場所が賀茂邸だと気づいて驚く。寝殿へ向かうと、晴明は自分の隣に何者かが寝ているのを発見した。体つきから女子のようだが、暗くてよく見えない。これまでの夢と同様、夢の中の物に触れることはできないので、灯りで照らすことはできない。晴明は外に出て夜が明けるのを待った。やがて眩しい日差しが差し込み、目が覚めた。
翌朝、晴明が目を覚ますと、隣に何者かの気配がした。彼が恐る恐る気配のするほうを見ると、なんと玉屑が眠っていたのである。
この一件を通じて、賀茂保憲は玉屑が実在する神仙だという結論に思い至った。晴明が映し出した幻にすぎないのなら、彼の知らない白衣観音法が夢に登場するのはおかしいという。だが、晴明にとって彼女が実在するか否かはどうでもよかった。いずれにせよ、現実の世界で触れ合うことのない存在である。
朝廷が派遣した討伐軍が平将門を討ち取った。白衣観音法の効験であろうか。将門の首級は平安京の東市に梟首された。東国の兵乱は鎮まったかのように思われた。ところが数日後、陰陽寮は朝廷から将門の祟りを鎮めるよう命じられる。首級を見物しに来た人々が、次々と倒れる事件が発生したのである。朝廷は将門の怨霊が衆生に祟りを及ぼしていると考えたらしい。晴明と保憲はただの暦生にすぎず、まだ陰陽道の祭祀は教わっていない。晴明は、自分たちには関係のないことだと思っていた。だが、陰陽師たちは誰も将門の祟りを鎮めることができない。
晴明は武兼から、忠行に祟りを鎮める方法を尋ねてほしいと頼まれる。白衣観音法のような修法さえ知っている忠行なら、解決策があるかもしれないと。晴明がそのことを忠行に伝えたが、忠行はなかなか首を縦に振らない。それどころか、彼は晴明に祟りを鎮めるよう促してきた。晴明には玉屑の加護があるからだと。
その日の夜、晴明は玉屑の夢を見た。夢の中で、玉屑は炳霊帝君に地獄の案内を頼んでいる。炳霊は拒んだ。地獄では日々凄惨な刑罰が行われており、女子が見るものではないという。しかし、玉屑は引き下がらない。冥府に仕える以上は、地獄を知らなければ一人前とはいえないと。炳霊は断りきれず、渋々彼女を地獄へ案内した。晴明も覚悟を決めて後に続き、地獄を見る羽目になった。数刻後、晴明がようやく地上に出ると、満月の光に照らされた。その瞬間、目が覚めた。
昨晩の夢のせいで、晴明は体調がすぐれない。しかし、この日は将門の祟りを鎮める吉日である。先延ばしにはできない。晴明を心配した保憲が彼に付き添った。東市へ赴くと、将門の首級が安置されていた。それを見た保憲は体調を崩し、その場に倒れ込んでしまう。一方、晴明は怯むことなく首級を首桶に納めた。
晴明は首桶を朝廷に差し出し、彼の功績は陰陽寮にも知れ渡った。この一件がきっかけで、晴明は周囲から一目置かれる存在になった。保憲は、やはり晴明には玉屑の加護があるのだと感嘆した。
天慶五年(942)七月、西国の反乱も鎮まり、天下に平和が訪れた。保憲は暦生の身でありながら造暦に携わり、その功績を認められて暦得業生に任じられた。彼には後継となる息子(後の賀茂光栄)もいる。一方、晴明は二十歳をすぎてもなお未婚でいた。
晴明は忠行から独り身であることを心配され、縁談を勧められる。晴明は気が進まない。「私は賤しい身分であり、管弦や和歌の才もありません。まして、もう若くはない私を婿として受け入れる女子などこの世にいないでしょう」。だが、晴明はその言葉を発したとき、一つの結論に思い至った。自分と玉屑が出会ったところで、身分も低く何の才能もない自分を彼女が好きになるはずがないのだと。晴明は玉屑に別れを告げ、忠行の縁談を受け入れることにした。
その日の夜、晴明は玉屑の夢を見た。夢の中で、玉屑は沈痛な面持ちで泰山府君に閉関をしたいと申し出た。泰山府君は彼女の意図を理解できない様子である。閉関はいつ終わるか分からず、長ければ数百年費やす場合もある。その間は、世俗との関わりが断たれるが、それでも構わないのかと。玉屑は頷いた。泰山府君は彼女に冥界の氷洞を案内し、この地に籠もり閉関を行うよう促した。
七夕の夜、晴明は保憲から和歌を見せられた。縁談の相手に贈る恋歌である。晴明には和歌の心得がないため、保憲に一任した。世間の人々は七夕に向けて願い事を短冊に書いたり、天上の星に願いを祈るものだが、晴明はまだ何もしていない。保憲に勧められて、縁談の相手が玉屑に似ていることを祈った。先日の夢によれば、玉屑は洞窟に籠もり修行をする予定である。世俗と関わらないのなら、彼女の夢を見ることもないのだろうか。
ところが、その日の夜に晴明は玉屑の夢を見た。これまでとは異なり、場所は冥界ではなく貴族の邸宅のようだ。晴明は辺りをさまよううちに、この場所が賀茂邸だと気づいて驚く。寝殿へ向かうと、晴明は自分の隣に何者かが寝ているのを発見した。体つきから女子のようだが、暗くてよく見えない。これまでの夢と同様、夢の中の物に触れることはできないので、灯りで照らすことはできない。晴明は外に出て夜が明けるのを待った。やがて眩しい日差しが差し込み、目が覚めた。
翌朝、晴明が目を覚ますと、隣に何者かの気配がした。彼が恐る恐る気配のするほうを見ると、なんと玉屑が眠っていたのである。