【忙しい人のための】シン・安倍晴明物語~天才陰陽師の恋~

第6話 美しき琴の調べ

 玉屑から螺鈿の箏を譲られた晴明は困惑した。彼は生まれてから一度も楽器に触れたことがないため、宝の持ち腐れだと言って玉屑に返そうとする。しかし、保憲が楽器の演奏は貴族の嗜みだと勧めてきたので、晴明は渋々箏を持ち帰った。

 晴明は玉屑から教えられたとおりに箏をかき鳴らしていくうちに、以前にも琴の類に触れたような感覚に襲われる。その原因は、玉屑にも分からない。彼は不思議な感覚の正体を突き止めるため、箏の練習を続けると決意する。

 天慶五年(942)十月、晴明が箏を練習し始めてから三か月が過ぎた。晴明は玉屑から何通かの恋文を渡される。近隣に住む貴族の男子たちが、箏の弾き手を玉屑と誤解して送ってきたのである。もちろん、晴明は彼らの想いに応える気はない。

 たった三か月しか練習していないにもかかわらず、晴明の箏の実力は熟練の域に達している。賀茂忠行は、晴明の前世は琴の名手だったのだろうと冗談を言う。本気にしたわけではないが、気になった晴明は玉屑に自分の前世を尋ねる。ところが、玉屑は守秘義務があるからといって答えない。

 結局、晴明が味わった不思議な感覚の正体はつかめなかった。とはいえ、詩歌管弦は平安貴族の嗜みである。これを機に、晴明は全く興味のなかった漢詩や和歌にも手を伸ばし始めた。忠行は、人間離れした美しい容貌をもつ晴明が詩歌管弦に秀でれば鬼に金棒だと冗談めかす。晴明はよく他人から美貌を褒められるが、彼自身は鏡が苦手で自分の顔をはっきり見たことがない。鏡を見ると眩しく感じてしまう体質なのだ。

 その日の夜、玉屑が部屋で一人物思いに耽っていると、藤原伊尹が忍び込んできた。彼もまた、箏の主が玉屑だと誤解していた。恋文を送ったが返事がないので、直接会いに来たのだという。玉屑は伊尹を帰そうとしたが、外は土砂降りのため、仕方なく一晩泊めることにする。伊尹は何のためらいもなく男子と同じ部屋で寝ようとする玉屑を珍しがる。玉屑は、幼い頃から兄と一緒に寝ていたので慣れているという。

 一方、寝殿で床に就いていた晴明は雨の音がうるさくて眠れない。気晴らしに渡殿を散歩しているうちに、彼はふと玉屑のことが気になり部屋を訪ねようとした。ところが、男の声が聞こえたので、彼は御簾の前に身を潜めて二人の会話に耳をそばだてる。

 玉屑は伊尹から箏を聞かせてほしいと言われるが、皆の睡眠の邪魔になるからと言って断る。本当の箏の弾き手は晴明だとは説明しない玉屑。さらに、伊尹は自分を含め男たちの想いに応える気はないのかと聞いてくる。彼女は冷淡な態度で「ない」と突き放した。玉屑には心に決めた人がいるという。御簾越しに会話を聞いていた晴明は動揺した。そして、伊尹がその相手は保憲なのかと尋ねると、晴明は乱暴に御簾を上げて部屋に入り、二人の会話を制止した。

 晴明は箏の弾き手は自分だと真実を話し、伊尹を追い出そうとする。しかし、玉屑は「名家の子息を乱暴に扱っては、賀茂家の評判が悪くなる」と反対して伊尹を留めた。晴明はますます気を悪くした。晴明は夜が明けるまで部屋に留まると決め、三人で夜を過ごす羽目になった。

 翌朝、伊尹は人知れず賀茂邸を出た。晴明は忠行から玉屑に赤山禅院を案内するよう命じられる。昨晩の出来事を引きずっていた晴明は、その役目を保憲に譲ろうとする。ところが、玉屑は晴明と一緒に行くと言うので、彼は引き受けざるを得なかった。

 晴明は赤山禅院をひと通り案内し、玉屑に色鮮やかな紅葉を見せる。彼女は真っ赤に色づいた紅葉を褒め讃えながらも、地獄の業火にたとえてその場を白けさせた。また、玉屑は火神である兄の話題に触れた。そのとき、晴明は炳霊帝君が実在する神だと知る。晴明が世間一般には知られていない炳霊の名を口にしても、玉屑は何の違和感も感じていない。淡々とした彼女の様子に、むしろ晴明のほうが違和感を感じた。

 散策中、晴明は思い切って玉屑に伊尹との会話を盗み聞きしていたと打ち明けた。その上で、彼女の心に決めた人とは誰なのか尋ねた。しかし、玉屑は「私が誰を好きだろうとあなたには関係ない」と言い放ち、それどころか晴明に意中の人はいるのかと逆質問する。晴明は先ほどの質問に対する玉屑の答えをそっくりそのまま言い返した。玉屑は少しむっとした表情をした。二人は気まずい雰囲気のまま帰宅した。

 その夜、玉屑は忠行に昨晩の出来事を知らせた。世間では、箏の弾き手は玉屑として知られているので、伊尹のように寝込みを襲う者がいるかもしれないという。神仙といえど、色魔を弾くような都合のいい結界は張れないので、誰かが見張りを務める必要がある。晴明は真実を広めれば玉屑の懸念は解消されると考えるが、彼女に制止される。彼女の考えが理解できず、呆れ果てる晴明。とはいえ、保憲に見張りをさせるわけにもいかないので、玉屑を守ることにした。

 玉屑は一緒に寝てくれるだけで構わないというが、晴明は彼女の振る舞いに嫌気が差し、部屋の外側で星空を眺めながら見張りをすることにした。ただぼうっと眺めていると眠気が襲ってくるので、その日の星の位置を紙に記録することにした。
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