【大河ドラマ】忙しい人のための新・安倍晴明物語
第8話 雨乞いの舞
天慶六年(943)夏、賀茂保憲は北山において五龍祭を修する吉日を選定した。晴明は玉屑から降雨の術を教えてやると告げられる。しかし、他の陰陽師と同様にただ祈祷するのではなく、舞を舞って雨を降らせるのだという。
さらに、晴明は玉屑から雨乞いの聖地はないかと尋ねられる。彼が真っ先に連想したのは、宮中にある神泉苑だった。この地は淳和天皇の治世に空海が祈雨修法を行い、見事に雨を降らせた霊場だ。玉屑は、保憲が五龍祭を行う日の深夜に神泉苑で計画を実行すると定めた。
玉屑は皆が寝静まった後で晴明に舞を教えようとする。晴明は、舞を教えるだけなら昼間でも不審がられないだろうと思った。ところが、玉屑は夜でなければならないという。大した理由はなく、いつも昼間に寝ているから、眠くてたまらないのだ。
月明かりに照らされながら、玉屑は晴明に舞を教えた。自分の体も満足に操れない晴明のために、玉屑は彼に寄り添いながら指導しなければならなかった。思いのほか、晴明は覚えがよく、たった一晩で舞を習得した。
五龍祭の当日、晴明が保憲と共に屋敷を出発しようとすると、玉屑が同行を願い出た。北山は藤原兼通が狩りをして烏を撃ち落とした地だということを、思い出したのだ。
陰陽寮の退勤時刻になり、玉屑は人知れず秦連茂を呼び出してこう告げた。「今夜、神泉苑に龍神が降臨し、大雨を降らせる」と。そして、自分から伝え聞いたことは秘密にするよう忠告した。大いに興味を惹かれた連茂は、神泉苑に赴き見物する気満々だ。彼の反応に満足した玉屑はその場を離れ、晴明と保憲のもとへ合流した。
三人は陰陽寮から北山へ直行した。玉屑は地面に塵が落ちていないか探したが、何も見当たらなかった。初めて怪異が報告されて以来、あの奇妙な塵の目撃情報はない。晴明は己の考えを述べた。兼通のように誤って射落とす者がいないかぎり、烏の死骸などそうそう見られないだろうと。
北山の滝口に到着した保憲は、五龍祭を修した。しかし、空は雲ひとつない晴天で、雨は降らなかった。保憲自身も、自分にそのような力が備わっていないことは分かっていた。任務を終えた三人は下山し、帰宅した。
皆が寝静まった後、晴明と玉屑は密かに屋敷を抜け出し、神泉苑に赴いた。玉屑は法成橋に目を留め「あの橋の中央で舞を舞おう」と提案した。晴明は一人で橋の中央に立ち、舞を舞った。同じ頃、連茂もまた対岸の草場の陰から晴明の姿を目撃する。しかし、橋から距離が遠く、晴明を照らすのもほのかな月明かりだけなので、彼だとは気づかない。
玉屑が木陰から晴明を見守っていると、背後から声を掛けられた。宮中の夜警を務めていた藤原師尹が、玉屑の姿を見かけて追ってきたのだ。玉屑は事情を説明し、用が済んだら帰ると説得を試みる。しかし、神泉苑での雨乞いを許可されているのは真言僧だけで、陰陽師は北山で五龍祭を修する決まりだという。
玉屑は「橋の上にいる人物は、真言僧とは比べものにならないほどの霊力を秘めている」と主張するが、師尹は信じない。師尹が晴明を止めに行こうとしたところ、突然黒雲が立ち込め激しい雨が降ってきた。晴明がなおも舞い続けていると、一筋の落雷が彼の身に落ちた。全身で雷を受け止めた晴明は負傷し、舞を止めた。その後も落雷は彼に降り注いだ。玉屑は晴明を助けに行こうとするが、師尹に危険だと制止される。晴明は全身で雷を受け止め続け、落雷が止んだと同時にその場に倒れ込んでしまう。
玉屑は隙を突いて法成橋へ急ぎ、晴明の傷を法術で癒した。去り際に、彼女は師尹に今日のことは他言無用だと忠告した。
夜明け前、晴明はいつもの起床時刻になってもまだ寝ていたので、保憲に揺り起こされた。目覚めた晴明は外傷こそ癒えていたが、満身創痍だった。だが、保憲に昨夜の出来事を悟られまいと平気なふりをした。
晴明は法術を使ったことで天の怒りに触れたのではないかと案じていた。玉屑はその考えを否定し、晴明が強くなるための雷劫だと述べる。また、彼女は師尹に目撃されたことを打ち明けたが。晴明は、昨夜の件が陰陽寮に報告されることを案じたが、玉屑は「傷だらけの人間を朝廷に突き出す無慈悲な者はいないだろう」と彼を安心して送り出した。
陰陽寮に着いた晴明は、玉屑の予想がいかに楽観的か思い知る。文武兼は全員の前で昨夜の落雷事件について触れ、法成橋に陰陽師らしき人影の目撃情報があったと告げる。橋の上には血痕があり、穢れに触れたため一か月間立ち入り禁止になった。陰陽寮は穢れの吉凶を占うよう命じられた。これは陰陽寮の規則に反する行為であり、犯人は処罰が必要だという。現場では玉屑の目撃情報もあった。保憲は皆から疑いの視線を向けられ、慌てて否定する。帰宅前、晴明は自分が犯人だと名乗り出るため、密かに武兼のもとを訪ねる。
さらに、晴明は玉屑から雨乞いの聖地はないかと尋ねられる。彼が真っ先に連想したのは、宮中にある神泉苑だった。この地は淳和天皇の治世に空海が祈雨修法を行い、見事に雨を降らせた霊場だ。玉屑は、保憲が五龍祭を行う日の深夜に神泉苑で計画を実行すると定めた。
玉屑は皆が寝静まった後で晴明に舞を教えようとする。晴明は、舞を教えるだけなら昼間でも不審がられないだろうと思った。ところが、玉屑は夜でなければならないという。大した理由はなく、いつも昼間に寝ているから、眠くてたまらないのだ。
月明かりに照らされながら、玉屑は晴明に舞を教えた。自分の体も満足に操れない晴明のために、玉屑は彼に寄り添いながら指導しなければならなかった。思いのほか、晴明は覚えがよく、たった一晩で舞を習得した。
五龍祭の当日、晴明が保憲と共に屋敷を出発しようとすると、玉屑が同行を願い出た。北山は藤原兼通が狩りをして烏を撃ち落とした地だということを、思い出したのだ。
陰陽寮の退勤時刻になり、玉屑は人知れず秦連茂を呼び出してこう告げた。「今夜、神泉苑に龍神が降臨し、大雨を降らせる」と。そして、自分から伝え聞いたことは秘密にするよう忠告した。大いに興味を惹かれた連茂は、神泉苑に赴き見物する気満々だ。彼の反応に満足した玉屑はその場を離れ、晴明と保憲のもとへ合流した。
三人は陰陽寮から北山へ直行した。玉屑は地面に塵が落ちていないか探したが、何も見当たらなかった。初めて怪異が報告されて以来、あの奇妙な塵の目撃情報はない。晴明は己の考えを述べた。兼通のように誤って射落とす者がいないかぎり、烏の死骸などそうそう見られないだろうと。
北山の滝口に到着した保憲は、五龍祭を修した。しかし、空は雲ひとつない晴天で、雨は降らなかった。保憲自身も、自分にそのような力が備わっていないことは分かっていた。任務を終えた三人は下山し、帰宅した。
皆が寝静まった後、晴明と玉屑は密かに屋敷を抜け出し、神泉苑に赴いた。玉屑は法成橋に目を留め「あの橋の中央で舞を舞おう」と提案した。晴明は一人で橋の中央に立ち、舞を舞った。同じ頃、連茂もまた対岸の草場の陰から晴明の姿を目撃する。しかし、橋から距離が遠く、晴明を照らすのもほのかな月明かりだけなので、彼だとは気づかない。
玉屑が木陰から晴明を見守っていると、背後から声を掛けられた。宮中の夜警を務めていた藤原師尹が、玉屑の姿を見かけて追ってきたのだ。玉屑は事情を説明し、用が済んだら帰ると説得を試みる。しかし、神泉苑での雨乞いを許可されているのは真言僧だけで、陰陽師は北山で五龍祭を修する決まりだという。
玉屑は「橋の上にいる人物は、真言僧とは比べものにならないほどの霊力を秘めている」と主張するが、師尹は信じない。師尹が晴明を止めに行こうとしたところ、突然黒雲が立ち込め激しい雨が降ってきた。晴明がなおも舞い続けていると、一筋の落雷が彼の身に落ちた。全身で雷を受け止めた晴明は負傷し、舞を止めた。その後も落雷は彼に降り注いだ。玉屑は晴明を助けに行こうとするが、師尹に危険だと制止される。晴明は全身で雷を受け止め続け、落雷が止んだと同時にその場に倒れ込んでしまう。
玉屑は隙を突いて法成橋へ急ぎ、晴明の傷を法術で癒した。去り際に、彼女は師尹に今日のことは他言無用だと忠告した。
夜明け前、晴明はいつもの起床時刻になってもまだ寝ていたので、保憲に揺り起こされた。目覚めた晴明は外傷こそ癒えていたが、満身創痍だった。だが、保憲に昨夜の出来事を悟られまいと平気なふりをした。
晴明は法術を使ったことで天の怒りに触れたのではないかと案じていた。玉屑はその考えを否定し、晴明が強くなるための雷劫だと述べる。また、彼女は師尹に目撃されたことを打ち明けたが。晴明は、昨夜の件が陰陽寮に報告されることを案じたが、玉屑は「傷だらけの人間を朝廷に突き出す無慈悲な者はいないだろう」と彼を安心して送り出した。
陰陽寮に着いた晴明は、玉屑の予想がいかに楽観的か思い知る。文武兼は全員の前で昨夜の落雷事件について触れ、法成橋に陰陽師らしき人影の目撃情報があったと告げる。橋の上には血痕があり、穢れに触れたため一か月間立ち入り禁止になった。陰陽寮は穢れの吉凶を占うよう命じられた。これは陰陽寮の規則に反する行為であり、犯人は処罰が必要だという。現場では玉屑の目撃情報もあった。保憲は皆から疑いの視線を向けられ、慌てて否定する。帰宅前、晴明は自分が犯人だと名乗り出るため、密かに武兼のもとを訪ねる。