本好きで恋愛苦手な私が推し小説家に溺愛されるまで

 藍堂先生はしみじみとした様子で語る。

「そうやって俺のことを考えて作られた食べ物……初めてだったんだ」
「!」

 その言葉の意味を察知し、私は息を呑んだ。
 藍堂先生は飲み終わったコーヒーカップの底をぼんやりと見つめながら、話を続ける。

「物心ついた時には母親と父親はケンカばかりしていて、俺が10歳の時に離婚。
 母親は祖父母に俺を預けて、いつの間にか消えた。
 祖父母は母親と不仲で、俺をもて余していた。
 家に置いてくれて、ご飯を分けてくれただけありがたかったが」
「……」
「……食べることに興味がなかった俺が、栞さんの料理で食べることの楽しさを知ったんだ。そういう、俺の感謝の気持ちだから受け取ってほしい」
「……わかりました、ありがとうございます。ご馳走様でした」

 私が引き下がると藍堂先生はホッと表情を緩ませる。
 私はたまらない気持ちになった。
 だって、私がしたことは簡単なお菓子を作っただけ。
 よくある家庭料理を作っただけ。
 本当に大したことじゃない。
 でも、そんな大したことじゃないことすら与えられなかった、子供時代の藍堂先生を想うと、切なくてどこかに走り出したくなる。
 また顔に出ていたのか、藍堂先生は私を見て、柔らかい笑みを浮かべた。

「悪いことばかりでもなかったさ。逃げ場所の図書室で、本を読む楽しさを知った。そのうち、自分で話を作るようになって、応募して小説家になったから」
「……そうだったんですか……」

 藍堂鷹司という作家は、孤独な子供時代から産まれたんだ。
 藍堂先生が自身のコアな部分を話してくれたことに、ほんのりと嬉しさを感じてしまった。
< 40 / 86 >

この作品をシェア

pagetop