本好きで恋愛苦手な私が推し小説家に溺愛されるまで
藍堂先生はしみじみとした様子で語る。
「そうやって俺のことを考えて作られた食べ物……初めてだったんだ」
「!」
その言葉の意味を察知し、私は息を呑んだ。
藍堂先生は飲み終わったコーヒーカップの底をぼんやりと見つめながら、話を続ける。
「物心ついた時には母親と父親はケンカばかりしていて、俺が10歳の時に離婚。
母親は祖父母に俺を預けて、いつの間にか消えた。
祖父母は母親と不仲で、俺をもて余していた。
家に置いてくれて、ご飯を分けてくれただけありがたかったが」
「……」
「……食べることに興味がなかった俺が、栞さんの料理で食べることの楽しさを知ったんだ。そういう、俺の感謝の気持ちだから受け取ってほしい」
「……わかりました、ありがとうございます。ご馳走様でした」
私が引き下がると藍堂先生はホッと表情を緩ませる。
私はたまらない気持ちになった。
だって、私がしたことは簡単なお菓子を作っただけ。
よくある家庭料理を作っただけ。
本当に大したことじゃない。
でも、そんな大したことじゃないことすら与えられなかった、子供時代の藍堂先生を想うと、切なくてどこかに走り出したくなる。
また顔に出ていたのか、藍堂先生は私を見て、柔らかい笑みを浮かべた。
「悪いことばかりでもなかったさ。逃げ場所の図書室で、本を読む楽しさを知った。そのうち、自分で話を作るようになって、応募して小説家になったから」
「……そうだったんですか……」
藍堂鷹司という作家は、孤独な子供時代から産まれたんだ。
藍堂先生が自身のコアな部分を話してくれたことに、ほんのりと嬉しさを感じてしまった。