【色彩奉納記】

第一章第六幕【二人の絆】

牡丹様と険悪になってしまってから早一週間。
僕は謝れずにいた。
理由は一目瞭然で、奉納神楽の後だからか、一重梅家も深蘇芳家も忙しない。
そして今日僕はなんとか合間を縫って牡丹様のいる離れへとやって来た。
自然と足が速くなる。
一刻も早く謝らなければという気持ちが大きいが、ほんの少しあのお方の顔が見たいという気持ちもあった。
どんなに邪険にされても、顔が見れたらそれでいい。

───そう思っていたのに。

「失礼します。…牡丹様?」
「牡丹様?いらっしゃらないのですか?」

この時間なら必ずいる牡丹様。
嫌な汗が伝う。
また幸せが壊れてしまうのではないかと。
自分を落ち着かせ、もう一度部屋を見渡す。
特に何も変わっていない。
机にタンスに座布団。
しかし僕はここで一つの違和感を見つけた。
いつも逆さまに開かれている本の位置が今日は正しい向きになっている。
なぜ逆さまに置かれているのかは分からないが、彼女なりのこだわりがあるのかもしれないと深くは触れてこなかった。
でも今はこの本に触れた方がいいと脳が警戒している。
僕は恐る恐る手を伸ばす。
その本は日記だった。
 
***
 
『八月一日。今日から日記を始めてみようと思います。お母様も日記をしていたらしい。日記に書くほど素晴らしい出来事に会えるかは、分からないけど。』
『八月十一日。日記を書く習慣がないと書かないものですね。反省しなくては。』
『九月二十日。今日の会議でわたしは色神に選ばれてしまいました。お姉様の代わりに。わたしなんかに務まるのでしょうか?怖くて仕方ないです。』

怖くて仕方ないとはなんだろう。
これから待ち望む責任に対してだろうか…?
僕は次のページをめくる。
その日は僕にとっても大事な日。
僕と牡丹様が初めて出会った日だ。

『九月二十二日。わたしの色神官が決まりました。でも上手くやっていけるか分かりません。いきなり睨まれてしまったからです。やっぱりわたしは期待外れだったのかもしれません。でも綺麗なあの人に見合いたいという気持ちも少し生まれたような気がします。』

決して牡丹様を睨んだつもりはないのだが、ジッと見つめてしまったのは覚えてる。
この鋭い目つきのせいで睨まれてると誤解されやすい。
綺麗なあの人とはいったい誰を指しているのだろうか。
他の一重梅家の人間だろうか。
少しモヤモヤしながらも次のページをめくる手が止まらなかった僕。
すると急に日記が途絶えた。
無理もない。少なくとも僕達が出会ったのは五年前だ。
どうして五年前の日記をこんなところに置いていたのだろうか?
どうしても気がかりで、他のところに何か書いていないかと、ページをパラパラとめくってみた。
ふと一番最後のページで手が止まる。
 
『最近五感が薄くなってきている。今日だって凛紅さんの声がよく聞こえなかった。そのせいだろうかキツい一言を言われてしまった。明日ちゃんと謝りたい。でもその前に倉庫に行って確認しなければ。』

───五感が薄くなってきている。

どういうことだ?
理解が追い付かない。
どうして貴方はそんなに当たり前のように書くのですか?
五感が薄くなるということが、何を意味するか分かっているんですか。
僕は一つの結論にたどり着いた。
それは彼女が『色神』だから。
信じたくないが、色神になったら人ではなくなるのは確かだ。
それが五感に繋がる…?
僕は居ても立っても居られず、倉庫に走った。
もういないかもしれないが少なくとも彼女の足跡があるかもしれない。
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