唯一無二の私たちだから

出来損ないの妹と、完璧な兄

「カットー!!夢叶(ゆめか)、お前はもうちょっとなんとかならないのか!」

「す、すみません…!!」

私は監督に勢いよく頭を下げた。
私の名前は夜野夢叶(よのゆめか)、16歳のただの脇役俳優。
透き通る青空色の腰まで伸びた髪、真っ黒な瞳、そして整った顔立ちが私の特徴。
ちなみに、1番気に入っているチャームポイントは左目尻にあるほくろ。

「全く…、お前は朱莉(しゅり)の妹のはずだろ…。これだから、出来損ないの妹は…」

私は息を詰まらせた。
私の呼び名は「出来損ないの妹」。
私は思わず休憩中の朱莉を見た。
幼い頃から変わらないきれいな顔立ちに、右目尻にあるほくろが特徴。
黒い髪と青空色の瞳をしてるんだ。
彼は夜野朱莉(やのしゅり)
呼び名は「完璧な兄」。

苗字の漢字は一緒なんだけど、やのとよので違うんだ。
見た目だって別に似てない。
性格だって正反対。
だけど、いつも一緒にいることから双子だと間違えられる。
だから、出来損ないの妹と完璧な兄なのだ。
朱莉は主役ばかりを任せられる人気俳優だ。
私は主役なんてやったことない。
それほどに才能がないってこと。だから、私は出来損ないの妹なんだ。
朱莉は私が見つめていたことに気がついたのか、笑顔で私のところに駆け寄ってきた。

「夢叶、大丈夫か?」

「あ…えっと…」

監督に怒られているところを見られたと思うと、どうも気まずくて上手く言葉が出てこない。
そんな私をかばうかのように、真剣な顔で監督に言ってくれた。

「監督、まだ夢叶は練習初日です。厳しくしすぎないでください」

「うーん。まあ、朱莉がそういうなら…。すまなかったな、夢叶。ゆっくり休憩にしよう」

みんな朱莉の言うことなら、すぐ聞くんだもん。
苦しくなりながらも、監督に笑顔を向けた。

「はい。もっと練習します」

こういうの、嫌だな。
偽りの笑顔だけ上手になってさ。
私と朱莉が入れ替わり、はじっこで飲み物を飲む。

「スタート!」

監督の声が響いて、次のシーンの練習が始まった。
朱莉は相変わらず上手。
びっくりするほど、私とは違う演技をする。

私たちが芸能界に飛び込んだ理由は簡単で、ただお金を得て生きていくため。
私は父子家庭、朱莉は母子家庭で育ってふたりとも幼い時に捨てられた。
同じ場所、同じ日に。
だから、ふたり一緒にこの事務所の社長に拾われた。
幸いだったのはふたりとも顔がよかったことと、社長が大手事務所の人だったってこと。
私たちは社長に恩返しをするためにも働いている。
そして、私が俳優という立場を捨てられない理由。
それは私が有名俳優になりたいから。
朱莉は売れてるから、辞める必要なんてないし。
そんな感じでずっと一緒なんだ。

私も、いつか朱莉の隣に立てる日が来るのかな?
そう考えているうちに、どんどんと時間は過ぎていった。

***

今日の練習が終わって、自分の部屋に戻ってきた。
もうご飯も食べてお風呂も入った。
今は朱莉がお風呂に入ってるんだ。
年頃の男女が同じ部屋なの?って思うよね。
でも、昔からずーっと一緒だから別にいいんだ。
それにね、ここはアパートの最上階の広い部屋だからふたりの方がホッとするんだ。
ひとりで広い部屋に住むのは嫌でしょ?

私はベッドの上に座って、体育座りになって床を見つめた。
考えるのは、やっぱり今日のこと。
どこがいけなかったのか、どうやったら改善できるのか。
しっかり頭に刻んでおくんだ。
そうこうしてるうちに、朱莉があがってきたみたい。

「あっ、朱莉!もう髪の毛も乾かしたの?」

集中し過ぎて、ドライヤーの音が聞こえてなかったみたい。

「うん。また考えごと?」

朱莉は私のことをよくわかってる。
考えこんじゃうと、周りのことを見れなくなることも。

「まあね。今日も監督に怒られちゃったし」

私はヘラッと笑ったけど、朱莉には無理してるって気がつかれたと思う。
朱莉は私の横に座って、頭を優しくなでてくれた。

「夢叶は頑張ってる。俺は夢叶って、実はめちゃくちゃすごい俳優なんじゃないかって思ってるよ」

「えっ?い、いやいや…。朱莉の方がすごいよ?」

その言葉は何度も言われたことがある。
『夢叶は俺よりすごい』って。
そんなわけないのに。

「夢叶は自分を低く見過ぎなんだよ。まあ、周りの人がひどい呼び名つけたりするから、こうなっちゃったんだろうけどね」

少し頬をふくらませて、怒っているような表情をする朱莉。
なんだか面白くて、私はくすくす笑った。

「でも、事実だもん。もっと才能あったら、朱莉みたいに主役だって務められるよ」

私の言葉に、黙ってしまった朱莉。
そうだよ。
私には才能がない。
でも、朱莉がそうやって言うから、私はまだ俳優を続けてる。
そして、ついに朱莉が沈黙を破った。

「よし!じゃあ、夢叶。俺の練習に手伝って。夢叶がヒロインの方やってね〜」

「えっ…!?私が?む、無理だよ!」

ヒロインって女主人公ってことじゃん!
そんな役私がやったら、大根役者丸わかりだもん。
でも、朱莉は真剣だった。
私はその瞳に見つめられて断れなかった。
そして渋々頷いて、台本を手に取った。

まずはサクッと人物像を理解する。
今回のヒロインは、公爵家の令嬢の設定で頭の回転が速く合理的なタイプ。
前世で自分を騙して処刑した妹に、復讐を果たそうとする。
ちなみにヒーローは皇太子で、身分を隠してヒロインに近づく。
理由は単に気に入ったからなんだけど、だんだんとヒロインと恋に落ちる。
今から練習するシーンは、ヒロインがヒーローと妹を断罪するところ。
私にできないような役な気はするけど、やるって決めたんだからやらなきゃ。
演技のスイッチをカチッと入れて、セリフから始めた。

「“あら、ビアンカ。どうしちゃったのかしら?私の作戦にはめられて、悔しい?”」

妹であるビアンカが床に座り込んでいるのを想像しながら、私は妖艶に微笑む。
その後、スッと真顔に戻して言った。

「“哀れな子。有利な位置にいると思っていたのに、すぐに手も足も出ない状態に落とされて…”」

それから口角を釣り上げ、ビアンカを断罪できることを嬉しく思いながら言った。
——楽しい。
私はこの時、演技を心から楽しんでいた。

「“あなたは今から、断罪されるのよ。私の手によって。全て私の計画のうちだったのよ。残念ね”」

次は朱莉の言葉のはずだった。
だけど、朱莉は言葉に代わりに拍手をした。
そんなのはもちろん、台本にない行動だ。
頭の中がパニックになっていると、朱莉はいつもの笑顔で言った。

「演技はもういいよ。ありがとう」

「えっ、どういうこと?次は朱莉のセリフでしょ?」

演技のスイッチをオフにして、朱莉にそう言った。
朱莉の練習じゃなかったの?

「ごめんね。騙しちゃった。俺はただ、夢叶にその演技をしてほしかっただけなんだ」

「…どういうこと?私なんかの演技見ても、なにもならないよ?」

そう私が言うと、朱莉は真剣な顔で言った。

「夢叶、“私なんか”って言葉は禁止だよ。夢叶の演技はすごくいいよ。それは俺だけが知ってる。なんでかっていうと、夢叶は練習中と今じゃ考えてることが違うから」

「ど、どういうこと?私は同じようにやってるよ?」

「そんなことないよ。夢叶は、今何を意識して演技した?」

その問いに私はしばらく黙った。
演技はその役になりきるものだ。
役を理解して、その役になりきろうってやるだけ。

「ヒロインのことを考えてやったよ?」

私がそう控えめに言うと、朱莉はその答えを待っていたと言わんばかりに笑った。

「うん。そこが違いだよ。夢叶は練習中だと、監督の求める演技をしようってやってるでしょ?でも、今はただ単純に演技を楽しんでた。そうじゃないと、夢叶の演技は輝かない」

そう言われてハッとした。
私はそれを忘れてたんだ。
最初の頃は順調だった。
それは、私が演技を心から楽しんでいたから。
そこに違いがあったのだ。
なぜ、気がつかなかったのだろう?

「私、俳優失格だ…。こんなのプロの演技じゃない」

朱莉はその言葉に、優しく笑った。

「やっと気がつけたみたいだね。ごめんね、言うのが遅くなって。自分で気がつけた方がいいのかなって思って、黙ってたんだ。もっと早く言った方がよかった?」

その問いに、私は首を横に振った。

「そんなことないよ。でも、ありがとう。朱莉に教えてもらえなかったら、一生気がつかなかったかも」

自分にとって1番大切なものを見失っていた。
でも、今はそれに気がついた。
もう大丈夫な気がする。

「うん。言ってよかった。夢叶、頑張ってね。俺はずっと応援してるから」

私は朱莉の言葉に、強く頷いた。

***

「“もっと自分信じなよ!あたしは、そういうあんたが好きだったんだよ”」

「カットー!!」

私は演技のスイッチをオフにして、監督の方を見た。
昨日に引き続き、今日も練習だ。
でも、昨日の私とはひと味違う。

「いや〜。今のすごくよかったよ、夢叶ちゃん。昨日と全然違うね!今のでオッケーだよ」

「はい!ありがとうございます!」

私は心の中でガッツポーズした。
それから休憩タイムに入り、私は机に置いていた水を飲んだ。

「夢叶ちゃーん!!」

そんな時に私に抱きついてきたのは、今回ヒロイン役をしている仮坂帆乃華(いいさかほのか)ちゃんだ。
実は、朱莉と私の幼馴染なんだ。

「帆乃華ちゃん!」

私は帆乃華ちゃんと同じようにギュッと抱きしめた。
私と帆乃華ちゃんは1番の親友で、朱莉の次に心を許せる子なんだ。
そんな帆乃華ちゃんは、私を見て目を輝かせた。

「夢叶ちゃん!さっきの演技めーっちゃよかった!本調子、戻ったんだね!やっぱり朱莉くんのおかげ?」

「うん。そうなんだ。朱莉のおかげで大事なことに気がつけたんだ」

私はニコッと笑った。
すると、帆乃華ちゃんはもう一度キュッと私を抱きしめた。

「そっか〜。よかったね!またライバルとして同じ土俵で戦えるね!まあ、あたしの方が負けそうだけど!」

そう言って笑った帆乃華ちゃん。

「そんなことないよ!帆乃華ちゃんは、大人気俳優じゃん!」

私がそう言うと、首を横にふられた。

「そうだけどさ。それは、私以上の人がいないからってだけだよ。私は思ってるんだ。夢叶はきっと誰にも超えられないって」

その言葉に黙ってしまった。
朱莉にも帆乃華ちゃんにも、同じことを言われるんだもの。
そりゃ、ちょっとくらい自信ついてくるよね?
だから私は強く頷いた。

「私、頑張る。帆乃華ちゃんとヒロイン役、争えるくらいになってみせるよ」

そう言うと、帆乃華ちゃんは嬉しそうにうんうんと頷いた。

「その意義だよ!」

「帆乃華ちゃーん。練習入るよ」

そうしているうちに休憩時間が終わったようで、帆乃華ちゃんは監督に呼ばれた。
「はーい!」と返事をした後、帆乃華ちゃんは笑顔で私に手を振ってくれた。

「私も…頑張らなきゃ」

私はいつものように心の中でガッツポーズをして、決意を固めた。
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