唯一無二の私たちだから

やっぱり夢叶以外は必要ない 朱莉side

俺は久しぶりに母さんと会って、舞い上がっていた。
昔みたいに戻れるんじゃないかって期待して。
そんなバカみたいなことを考えながら、俺たちはとある家に到着した。
俺が知っている家とは違って、ずいぶんと大きな家だった。
母さんが鍵を開けて、俺を中に入れてくれた。
すると、奥から中学生くらいだろうか、そのくらいの女の子が出てきた。

「おかえり、お母さんとお兄ちゃん!」

僕は一時思考停止してしまった。
誰だろう、この子は。
腰まで伸びた真っ黒な髪に、紫色の瞳、パッチリとした二重と整った顔立ち。
服は肩出しのピンク色のトップスに、フリフリの水色のスカートをはいていた。
お母さんにどうも似ている。
というか、実際に娘なのだろう。
突然、その女の子は俺に抱きついてきた。

「私のお兄ちゃんってこんなにかっこよかったの!?最高じゃん!あ、私は姫奈(ひな)ね!よろしく朱莉お兄ちゃん!」

『よろしくね、朱莉お兄ちゃん。なんちゃって』

突然、夢叶の笑顔が浮かんできた。
姫奈ちゃんと夢叶を、重ねてしまったのだと思う。
同じ“妹”だからか…?

「お兄ちゃん…?」

姫奈ちゃんが俺に声をかけてきて、ハッとした。

「あ、うん。よろしくね」

母さんは俺たちをじっと見つめた後、俺に優しく言った。

「朱莉、あなたの部屋を案内してあげる。荷物はまた土日にでも取りに行きましょう。そろそろ、お父さんも帰ってくるから」

そう言って笑った母さんの顔は、懐かしいようでどこか違った。
見定めるような、そんな嫌な視線。
俳優の仕事の時に何度も味わった、俺の大嫌いな視線だった。
そうして俺は、強制的に2階にあった部屋に連れていかれた。
その後姫奈ちゃんがきて、遊んでほしいと言われて遊んだ。
もちろん楽しかった。
だけど、なにか物足りなかった。

——夢叶に会いたい。

夢叶になにも言わずして出てきたのに、そんなことを考えるのはひどいよな。
そう思っても、夢叶への気持ちは抑えが効かなかった。
だから、俺は母さんに言うことにした。
夢叶に会いに行きたいって。
あの優しい母さんなら、きっと許してくれると信じて。

***

「母さん、お願いがあるんだ」

食卓に並べられた食べ物を食べながら、俺は母さんにそう言った。
父さんはまだ帰ってこないみたいで、先にご飯にしている。
母さんは俺にニコッと笑った。

「なあに?」

「あのさ、家に帰ってきて突然申し訳ないんだけど…。俺、やっぱり夢叶と一緒にいたい。今度夢叶の家に遊びに行っていいかな?」

「ダメよ」

母さんは即答した。
俺は慌てて母さんに聞く。

「ど、どうして…」

「あの子は赤の他人でしょ?それに出演ドラマを見たけど、たいして演技も上手くない。そんな子は朱莉の害悪になるだけよ」

この人はもう、俺の好きだった母さんとはまるで違う。
母さんは俺の大切な人を、そんなふうに言う人じゃなかった。
——戻れないんだ。
突然悲しさが込み上げてきて、俺は席を勢いよく立ち上がって自分の部屋に戻った。

「お兄ちゃん!?」

姫奈ちゃんが止めたけど、俺が足を止めることはなかった。
部屋に入って、すぐに鍵を閉めた。
やっぱり、ついてきたのは間違えだったのかな?
こんなにすぐに後悔することになるなんて、思わなかった。

夢叶にも悪いことをした。
俺って、こんな最低野郎だったんだな。
そう思った。
今更帰る勇気も起きない。
夢叶になんて言われるか、わからないから。

***

次の日の朝、いつのまにか眠っていたことに気がついた俺はため息をついた。
まったく寝れた感じがしない。
俺は部屋に置いてある時計で時間を確認した。
6時半、か。
俺は顔を洗いに下の階におりた。

「おはよう。初めまして、朱莉くんだよね?」

俺に突然男の人が声をかけてきた。
暗い紫の髪にエメラルドグリーンの瞳、尖った八重歯が特徴の人。
俺の全く知らない人だった。
そんな俺の様子を見て、その人はニコッと笑って言った。

「紹介が遅れたね。俺は夜野聖也(よのせいや)、今日から君のお父さんになるんだ」

あ、そっか…。
もう父さんはいないんだ。
どうして俺は、3人での日常を思い描いていたのだろう。
なんだろう、とてもいたたまれない。
夢叶といる時のような安心感がない。

「えっと…俺は朱莉です。よ、よろしく…」

驚くほど弱々しい声だった。
そんな俺を心配してか、聖也さんが近寄ってきた。

「大丈夫?体調悪いんじゃ…」

「大丈夫です!!!」

そう言って聖也さんの手を振り払ってしまった。
どうしてか、昔の父さんの記憶と重なってしまった。

俺に手をあげたあの時の記憶——。

俺は急いで部屋に戻った。
やっぱり、こんなとこで生活なんて無理だ。
俺の戻りたかった家は、ここじゃない。
でも、今更夢叶のところに戻ったって拒絶されるかもしれない。
どうすればいいんだ。

***

あれから一歩も外に出ることはできず、ただ無駄な時間をダラダラと過ごした。
その時、スマホが鳴った。
俺はその音に大きく反応した。

「誰…?」

俺はスマホを手に取り、着信相手を確認した。

『由衣』

どうして、由衣から…?
なんだかもう思考がおかしくなって、俺は思わず通話をタップした。

『あんたいい加減にしてよね!!』

初めに聞こえた言葉は、それだった。
とにかく大きな声で、俺にものすごく怒ってる。
でも、今の俺には返事をできる余裕がなかった。
かわりに俺はひとり言を言った。

「昔に戻りたかっただけなんだ。仲良かった頃の、あの家族のもとに戻りたかった。だけど、俺が好きな家族はもうどこにもない。結局、俺が戻る場所なんてなかったんだ」

小さな声で言ったけど、由衣にはたしかに届いていると思う。
そうして長い沈黙の後、由衣がポツリと言った。

『あるじゃん、居場所』

「えっ?」

『あんたを夢叶ちゃんが待ってんのよ!!あんたを信じて、待ってんの!!あんたが、夢叶ちゃんを信じなくってどうすんのよ!?』

夢叶が、俺の帰りを待ってる…?

「そんなわけないだろ。俺は…夢叶に最低なこと…」

『誰にだって、失敗はあるよ。……あのね、今夢叶ちゃんのお父さんが迎えにきたのよ』

由衣のその言葉に、俺は勢いよく立ち上がった。
嫌な予感がする。
夢叶はお父さんについていくかもしれない。
俺と同じように。

『でもさ、あの子は“また明日会いましょう”って言ったんだよ?夢叶ちゃんは、ついてく気なんて全くないよ』

なぜだかわからないけど、涙があふれた。
夢叶が俺を信じてくれていることが、ただただ嬉しかった。
勝手にいなくなった最低な俺だけど、帰らなきゃって思った。

「俺、戻るよ」

『うん。早く夢叶ちゃんの家に行ってあげて。ご両親が、この後夢叶ちゃんのところに行く前に』

俺は「わかった」とだけ言って、通話を切って部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、玄関のドアを開けようとした時——。

「待ちなさい」

いつもよりワントーン低い、母さんの声が後ろから聞こえた。
俺は振り向かず言った。

「なんだよ」

「なにをしに行くつもり?まさか、出ていくつもりじゃないでしょうね?」

俺はその言葉に、軽く鼻で笑った。

「ふっ、そのまさかだって言ったら?」

「…あなたの居場所はここにしかないわ。帰り場所なんてないのよ」

そう言われて、俺は初めて振り返った。
俺の目にはもう、この人は母親としては映っていない。

「心美さん、俺には夢叶との家がある。そこ以外は俺の居場所じゃない。俺には。やっぱり夢叶以外は必要ない」

そう言い放った。
心美さんは一瞬悲しそうな表情をして、俺に背を向けた。
それから、ありえないくらい小さな声で言った。

「本当にごめんなさい…。幸せにね」

「母さん、今までありがとう。母さんも幸せで」

俺は家を飛び出した。
もうこの家に帰ってくることも、“母さん”に会うこともない。
俺の居場所はたったひとつだから。
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