キミと歌姫はじめました!
ただひとつだけ、はっきりしているのは――
「……間に合わなくない?」
有栖の声。
「.......間に合わないね。」
零の返事。
同じ言葉。
同じ温度。
なのに、今回は笑えない。
2人とも、同時に分かっていた。
これまでと同じやり方では、たぶん間に合わない。
それでも。
それでもまだ、手は止められない。
まだ終わっていない。
まだ、作らなきゃいけない。
「……っし。」
ばっと跳ね起きて、有栖はベッドの上であぐらをかいた。
さっきまで沈み込んでいた空気が、一気に動く。
「もうこの際開き直ってさ」
零が顔を上げる。
有栖はまっすぐに彼を見た。
「私たちの好きを曲にすればいいんじゃない?」
一瞬、部屋が静かになる。
「好き?」
零が小さく聞き返す。
有栖は頷いた。
「うん」
言葉を探しながら、でも勢いは止めない。
「零だったらさ、好きな楽器とか、好きなメロディとか」
「うん」
「私は……好きな声の出し方とか、好きな歌詞とか」
少しだけ胸の奥が熱くなる。
「上手く作ろうとか、盛り上げようとかさ」
言いながら、自分でも気づく。
今までそればっかり考えていたことに。
「そういうの一回全部置いてさ」
有栖はぎゅっと拳を握った。
「好きだけで作ったら、どうなるんだろって思った」
零は黙ったまま、有栖を見ていた。いつもの穏やかな目。
でもその奥で、何かがゆっくり動いている。
「……好き、か」
ぽつりと零が呟く。
顎に手を当てる。
少しだけ考えてから、ゆっくりと視線を落とした。
「僕は、ギターの音が一番好き」
「うん」
「あと、なんていうんだろ.......音が重なる瞬間?」
「なるほどね〜!」
有栖が少し身を乗り出す。
「そこにさ、理由とかいらなくない?」
「..........うん、いらないね」
零が即答する。
その一言で、有栖の表情がぱっと明るくなる。
「でしょ!そういうの!そういう感じ!!!」
勢いのまま、言葉が続く。
「私の一番好きも、
声が重なる瞬間なんだよね」
「声って........僕と?」
「そうそう、めっちゃたまにデュエットしたりするじゃん。」
迷いなく言い切る。
一瞬、零の目がわずかに見開かれた。
そして――
「……それ、いい。」
ここ最近の中で、一番の笑顔を見せた。
さっきまでとは違う、熱を含んだ笑みだった。
有栖も思わず笑う。
「なんかさ、やっとちょっと見えた気がしない?」
「うん」
零はノートを閉じた。
二重線だらけのページ。
その上に、静かに手を置く。
「やり直そう、最初から。」
その言葉は軽いのに、やけに重みがあった。
有栖も頷く。
「今度は好きだけで」
部屋の空気が、少しだけ変わる。
詰まっていたものが、ほんのわずかに動き出す感覚。
まだ完成は見えない。
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