キミと歌姫はじめました!
でも――
ゼロではなくなった。
ベッドから降りて、零が書いているノートを覗き込む。
ノートには、ギターコードがびっしりと並んでいた。
C、G、Am、F――
有栖には正直、ほとんど意味が分からない。
ただ、そこに音楽があることだけは分かる。
「ここ」
零が指で一箇所を示す。
そして、軽く息を吸ってから、リズムを口ずさみ始めた。
「タッ、タタッ……ここで少し抜く感じ」
その声に合わせて、空気が動く。
有栖はじっと耳を澄ませた。
「……あ、そこもう少し跳ねてる方が好きかも」
「跳ね?」
「うん、ちょっと明るくしたい」
零は一瞬考えてから、コードを弾き直す。たらっ、と音が変わった。
「……こっち?」
「それそれ!」
有栖は思わず笑った。
「なんか今のいい!」
「じゃあこっち採用ね」
さらっと言う零。
そのやり取りが、妙に楽しい。
また別の箇所。
零が指を止める。
「ここのハンドクラップ.....」
「んー?」
「ギター弾きながらだと無理かも」
「じゃあ私やるよ」
即答だった。
零が少しだけ目を瞬かせる。
「できるの?」
「できるかは知らないけど、やる!楽しそう!」
「勢いすぎない?」
「えぇ〜?勢い大事じゃん!」
軽く笑い合う。
気づけば、部屋の空気はさっきまでとは全く違っていた。
コードを決める零。
リズムを口ずさむ零。
そこに、有栖が割り込む。
「そこ歌うときさ、もうちょい息入れたくない?
じゃないと息継ぎきついかも。」
「確かに。
じゃあ、一拍増やそうか」
「おっけい」
自然に会話が続く。
止まらない。
迷いながらも、どんどん形になっていく。
そのとき、有栖はふと思った。
(あれ……)
今まではいつも同じだった。
零が作曲して、有栖が歌詞を書く。
零が演奏して、有栖が歌う。
それで完璧に成立していた。
役割がはっきりしていて、それでよかった。
むしろ、それが完成形だと思っていた。
でも――
今は違う。
「こっちの方が好きかも」
「僕も。じゃあこっちだ」
その一言で、音が変わる。
一緒に作っている感じがする。
どっちが上でも下でもない。
ただ、混ざっていく。
「……なんかさ」
有栖がぽつりと呟く。
「いつもより、今の方が楽しいかも」
零がギターから顔を上げる。
「ね、すごいわかる。」
短い返事。
でも、その一言で十分だった。
有栖は笑う。
「もっと早く気づけばよかったね」
「だね」
零も少しだけ口元を緩める。
またコードが鳴って、有栖が手拍子を取った。
2人の音が、少しずつ重なっていく。
今まで知らなかったやり方で。
今までよりずっと、近くで。
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