キミと歌姫はじめました!
* * *
「有栖〜、もう夜遅いけど、今日は零くん泊ま――」
階段を上がってきた有栖の母親は、
ドアを半分ほど開けて、そこで言葉を止めた。
部屋の中では――
有栖と零が並んで座っていた。
ノートの上にはびっしりと書き込まれたコードとメモ。
ギターの小さな音。
それに合わせて、
有栖がリズムを口ずさみながら何かを書き込んでいる。
零がそれを見て、また一小節弾き直す。
「そこ、もうちょい明るくできる?」
「こんな感じ?」
「それだ!天才!!」
短いやり取りなのに、熱がある。
楽しそうで、集中していて、夢中で。
――まるで、そこだけ時間の流れが違っているみたいだった。
母親は少しだけ目を細めると、
「……ふふ」
小さく笑って、音を立てないようにそっとドアを閉めた。
階段を降りてリビングへ戻る。
ソファに座っていた父親が顔を上げた。
「2人、どうだった?」
「ふふふ。」
母親は唇に指を当てるジェスチャーをしたあと、
いたずらっぽく笑った。
「すっごく楽しそうだったわよ」
その言葉に、父親は少しだけ目を丸くして――
「そうか」
とだけ呟いた。
そして、どこか安心したように微笑む。
リビングには静かな夜の気配が戻る。
でもその静けさの奥には、
確かに何かが芽吹いているような温度があった。
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