キミと歌姫はじめました!

翌日。
珍しく朝早く目が覚めた有栖は、
まだ少し重い頭を抱えながら机に向かっていた。
窓の外は、薄い朝の光。
静かな部屋の中で、ペンを握る音だけがやけに響く。
「……うーん」
ノートには、いくつもの言葉が並んでいた。
『好き』
『声』
『届く』
『夜』
『2人』
書いては消して、また書く。
作曲はできた。
あとは、この音に乗せる言葉だけ。
(何がいいんだろ……)
ただの言葉じゃ足りない。
でも、難しくしすぎるのも違う気がする。
この曲に載せたいのは――
もっと単純で、もっとまっすぐなもの。
そう思えば思うほど、手が止まる。
「……むず」
小さく呟いた、その瞬間。
「何が?」
真後ろから声がした。
「っ!?」
有栖は肩を跳ねさせて振り返る。
そこには、いつの間にか起きていた零が立っていた。
髪は少し乱れていて、まだ完全に寝起きの空気を残している。
そんな状態のまま、自然に机の後ろに回り込み――
ノートを覗き込んでいた。
「びっ......くりしたぁ......。
いつの間に起きたの?」
強張らせた肩の力をゆるゆると抜いた。
「............?さっき。」
「さっきって……音なかったよ?!」
「気づかなかっただけでしょ」
さらっと言われて、有栖は頬を膨らませる。
「もー、声かけてくれればよかったのに!」
「集中してたから」
「それはそうだけど!」
言いながらも、どこか気が抜けて笑ってしまう。零はそのままノートを見下ろした。
びっしりと書かれた言葉たち。
何度も消された跡。
「……迷ってるの?」
「うん」
有栖は正直に頷いた。
「作曲はできたのに、ここで止まるの変な感じ」
「一番大事なとこだしね」
「そうなんだけどさー」
机に突っ伏しそうになりながら唸る。
「好きって書いても軽いし、想いって書いても普通だし……」
零は少しだけ黙ってから、静かに言った。
「無理に言葉作ろうとしなくていいんじゃない?」
「え?」
「ほんとはもう、中にあるでしょ」
顔を上げた有栖にふっと笑いかけて、
零はノートを指で軽く叩いた。
「昨日までずっとやってたやつと、要領は一緒なんだよ。
ようは、有栖の中にある感情全部を出し切れば良いってこと。」
「……あ」
一瞬、言葉に詰まる。
(好きな音で、好きな声で、好きな歌)
そのまま全部、ここにある。
有栖はゆっくりペンを握り直した。
「……そっか」
小さく笑う。
「もう、とっくに思いついてたのかも」
零も優しく笑って、軽く頷いた。
窓の外から朝の光が差し込む。
まだ完成していない歌。
でも、最後のピースはもう外にはなかった。
最初から、ずっとここにあったのだ。
* * *
そうしてまた、あっという間に時間は過ぎていった。
ライブまでの残り数日は、ひたすら練習、練習、練習の日々だった。
大変で、プレッシャーもある。
けど、楽しかった。
(――あ、ここ2人で決めたとこだ)
有栖がふと笑う。
「このハンドクラップ、意外と余裕あるかも」
手を叩くリズムを何度も合わせながら、感覚を確かめる。
ぱん、ぱん、と音が重なるたびに、少しずつ形が整っていく。
「ハモるのって結構難しいね」
零が小さく呟く。
「もうちょっと僕の声、低くしたほうがいいかな」
「んー、それだとサビの抜け感なくなるかも」
「じゃあ、息の位置変えるとか?」
「それだ!」
そんなやり取りが、自然に飛び交う。
どちらがどこを考えているのか、もう境目が曖昧だった。
有栖が思ったことに、零が音を足す。
零が悩んだところに、有栖が声を乗せる。
まるで、思考が交互に流れているみたいに。
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