キミと歌姫はじめました!
舞台袖からステージへ。
暗闇の中を進む。
足音がやけに響く気がした。
でも、止まらない。
止まれない。
そして――
2人は、ステージ中央に立った。
次の瞬間。
パッ、と。
スポットライトが当たり、一気に視界が白くなる。
眩しい。
でもすぐに――見えた。
客席に埋め尽くされた、人、人、人。
光に照らされた無数の顔が、こちらを向いている。
歓声が遅れて押し寄せる。
「「「うわあああああ!!」」」
「きた!」
「Irisーー!!Noirーー!!」
音が、壁みたいにぶつかってくる。
(……っ)
一瞬、足がすくみ、頭が真っ白になる。
何をするんだっけ。
何から始めるんだっけ。
全部飛びそうになった、そのとき。

じゃらん――

横から、ギターの音が鳴った。
ほんの一音。
でも、それだけで空気が変わる。
(……あ)
有栖は、ゆっくりと息を吸った。
(大丈夫)
怖い。
でも――
(これは、私たちの音だ)
マイクを握る手に、少しだけ力が入る。
零がもう一度弦を弾く。
イントロが、静かに広がっていく。
有栖は目を細めて、前を見た。
何千人の前。
光の中。
それでも。
やることはひとつだけ。
――歌う。
そのために、ここに立っている。
唇が、ゆっくりと開いた。
暗転の中、最初の一音が静かに落ちた。
一番最初は、既存曲である『うたたね』だ。
Noirのギターが、まるで呼吸みたいに柔らかく鳴る。
優しく、包み込むようなアルペジオ。
その上に、Irisの声が乗った。

「――ねえ、少しだけこのままでいい?」

さっきまで、あれほど暴れていた心臓が嘘みたいに静かだった。
(あれ……)
有栖は歌いながら、自分で少し驚く。
(怖くない……)
いや、違う。
怖さは消えていない。
でも――それ以上に。
(楽しい)
目の前に広がる光。
確かに『いる』と分かる気配。
一人一人の存在が、空気の振動みたいに伝わってくる。

「夢と現のあいだで揺れていたいの」

Noirのギターが一音、わずかに強く鳴る。
それに応えるように、Irisの声がふわりと広がった。
呼吸を合わせる。
視線を合わせなくても、分かる。
今、同じ場所に立っている。
同じ音を鳴らしている。
それだけで十分だった。
* * *
曲が終わる。
最後の余韻が、ドームの天井へと溶けていく。
――一瞬の静寂。
そして。
ドンッ、と音の塊みたいな拍手が降ってきた。
「やば!!!Irisの生歌すごすぎる!!!」
「エルシー最高!!!!!」
「……っ、」
有栖の喉が、わずかに震える。
(すご……)
イヤモニ越しでも分かる。
会場全体が揺れているみたいな歓声。
Noirがマイクを持った。
それを見て、Irisもスタンドから外してマイクを持ち直した。
「改めまして――」
一瞬だけ間を置く。
そして、いつもの声で。
「「LC_404です!」」
歓声がもう一段大きくなる。
その音に、思わず笑ってしまう。
(ああ……ほんとに来てくれてるんだ)
画面越しじゃない。
『目の前』にいる。
「今日は来てくれて、ほんとにありがとうございます!」
自然に言葉が出る。
用意していた台本とは、少し違う言葉。
でも――今はそれでいいと思えた。
「初ライブで、正直めちゃくちゃ緊張してたんですけど……」
自然と笑みがこぼれる。
「今はもう、めっちゃ楽しいです!」
客席がどっと沸く。
反応が、生で返ってくる。
(すごい……これ)
やっと理解する。
『ライブ』って、こういうことなんだと。
Noirが軽く頷く。
「僕も同じです」
でも、その声は確かに柔らかかった。
「Irisと僕で、今までのどの配信よりも盛り上げられるように
頑張るので、今日は最後まで楽しんでいってください!」
その言葉に、また歓声が上がった。
* * *
それから、ライブは順調に進んでいった。
アップテンポな曲。
切ないバラード寄りの曲。
いろんなジャンルを歌ったけれど、
やっぱりどれも、今までで一番『生きていた』
「――っ!」
息が上がる。
でも、止まらない。
むしろ、それが心地いい。
Noirのギターも、どんどん熱を帯びていく。
いつもは落ち着いた雰囲気の音だが、
今は少しだけ荒く、でも力強い。
(零も……楽しんでる)
仮面越しでも分かる。
その事実が、嬉しくて仕方なかった。
< 28 / 30 >

この作品をシェア

pagetop