キミと歌姫はじめました!
――その日のライブ終了後。
スマホの通知は、止まることを知らなかった。
SNSを開いた瞬間、画面いっぱいに流れる文字。
《エルシーやばすぎ》
《今年一鳥肌立った》
《あれ現地いた人羨ましすぎる》
《配信勢だけど普通に泣いた》
動画の切り抜き。
サビのコール。
ハンドクラップの一体感。
あの瞬間が、何度も何度も再生されていた。
「……マジで?」
有栖は、呆然として呟く。
隣では、零も同じようにスマホを見ていた。
「トレンド入ってる」
「え、どれ」
「『リミナルコード』と、『LCライブ』」
「うわ、ほんとだ……」
指先でスクロールするたびに、
知らない誰かの言葉が流れてくる。
でも、そのどれもが――
『届いている』証拠だった。
(……すご)
あまりにも現実離れしていて、
逆に実感が追いつかない。
そのとき。
ぴこん、と通知が跳ねた。
『Liminal Code』の再生数。
更新。
更新。
更新。
「……え」
有栖の指が止まる。
「零、これ……」
画面を見せる。
そこに表示されていた数字は――
とんでもない桁だった。
「……1億、いってる」
零がぽかんと口を開けて、間の抜けた声を出した。
「……え?」
「『リミナルコード』の再生数」
もう一度、見直す。
何度見ても同じ。
桁がおかしい。
「…………うそでしょ?」
笑うしかなかった。
現実味がなさすぎて。
でも――
それでも。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
(この曲が)
あの夜、二人で作った。
迷って、詰まって、
それでも『好き』だけで作った曲が。
今、こんなにも広がっている。
* * *
そして――グッズ購入の特典である握手会では。
「ライブ、まじ最高でした!!」
「エルシーの歌生で聴けてよかったです!」
「Irisちゃん応援してます!」
次々と届く声。
手を握るたびに、温度が伝わる。
「……っ、ありがとう.....!」
言葉が追いつかない。
仮面越しなのがもどかしい。
でも、どうしても伝えたかった。
「来てくれて、ほんとにありがとう。」
それしか言えなかった。
でも、それで十分だった。
「Noirくんのギターほんと大好きです!」
零も隣で、一人一人に丁寧に応えている。
「ありがとうございます」
「これからも応援よろしくお願いします」
いつも通り短い言葉。
でも、確かに届いていた。
* * *
そうして、すべてが終わったあとの楽屋。
静かな空間。
さっきまでの熱が、嘘みたいに引いている。
「……終わった、ね」
有栖が、ぽつりと呟く。
「うん」
零が頷く。
少しの沈黙。
そして――
「……成功、かな」
有栖がポツリと言った言葉に、零は迷わず答えた。
「大成功だよ」
その一言で。
張り詰めていた何かが、ふっとほどけた。
「……そっか」
有栖は、深く息を吐く。
そして――
ふにゃっと笑った。
「よかったぁぁ……」
その声は、今までで一番力が抜けていた。
でも同時に。
一番、満たされていた。
楽屋の静けさの中。
ほんの一瞬だけ、2人の間に間が空いた。
でも次の瞬間――
「「せーのっ!」」
ぱんっ!!
乾いた音が、やけに気持ちよく響いた。
思いきりのハイタッチ。
手のひらに残る衝撃が、
『本当に終わった』って教えてくる。
「っ……あははっ」
有栖が、こらえきれずに笑う。
「やば……ほんとにやばかった……!」
言葉がぐちゃぐちゃになる。
でも止まらない。
零も、笑っていた。
いつもの控えめな笑いじゃない。
ちゃんと口元が緩んでいて、
オッドアイの綺麗な瞳がキラキラと輝いていた。
(あ……)
有栖は一瞬、言葉を失う。
(こんな顔、するんだ)
それくらい、自然な笑顔だった。
「楽しかったね」
零が、ぽつりと呟く。
その声も、少しだけ軽い。
「っ、うん!」
即答だった。
迷いなんて一切ない。
「めっちゃ楽しかった!」
2人はもう一度、顔を見合わせて――
また、笑った。
何も言わなくても分かる。
あのステージの上で感じたもの。
作り上げたもの。
全部が、ここに残っている。
そしてそれは、
これからも続いていくものだった。
――これで終わりじゃない。
有栖は、そっと手のひらを見る。
さっきのハイタッチの感触が、まだ残っていた。
一人じゃ届かなかった場所。
一人じゃ鳴らせなかった音。
でも――
2人なら、最高到達点すらも越えられる。
そう、きっとどこまでも。
「次、どうする?」
有栖が笑いながら言う。
零も口角を上げた。
「もっとすごいの、作ろうか」
その言葉に、迷いはなかった。
「いいね」
即答だった。
考えるよりも先に、同じ方向を向いている。
それがもう、『当たり前』になっていた。
唯一無二。
代わりなんて、どこにもいない。
声も、音も、関係も。
全部が、2人だけのもの。
有栖と零。
IrisとNoir。
LC_404は、二人じゃなきゃ完成しない。
光と影が重なって、
ひとつの音になる。
そしてその音は――
まだ、始まったばかりだ。
物語は、ここで終わらない。
終わるはずがない。
だってこれは、
2人で紡ぎ続けていく『今』そのものだから。
次の音へ。
次のステージへ。
そして、その先へ――
2人は、もう歩き出している。


