キミと歌姫はじめました!
少しだけ間があって。
「……やばくない?」
「今さら?」
くすっと零が笑う。
「でも、いいと思うよ」
「なにが?」
「その感じ」
「え?」
「珍しく怖がってるじゃん、有栖。貴重だよ」
零はギターを軽く鳴らす。
「その気持ちをそのまま歌にすればいいんじゃない」
有栖は少しだけ目を見開いた。
「……そのまま?」
「うん、そう。」
飾らなくていい。
上手くやろうとしなくていい。
今のまま。
「……それ、アリ?」
ふっと力が抜ける。
「よし、じゃあそれでいこ」
「うん」
またギターが鳴る。
有栖が歌う。
さっきよりも少しだけ、まっすぐに。
その音はまだ未完成で、バラバラで。
でも確かに、同じ方向を向いていた。
風が吹き抜ける屋上で。
誰にも知られないまま。
2人だけの音が、少しずつ形になっていく。
風に乗せるように、何度も歌って、弾いて。
少しずつ形になりかけては――崩れる。
「んー……なんか違う」
有栖は眉を寄せた。
さっきまでいいかもと思っていたフレーズが、
急に色あせて聞こえる。
盛り上がりきらないサビ。
印象に残らないメロディ。
どこかで聞いたことがあるような、ありきたりな流れ。
「……決め手がないね」
零もギターを軽く鳴らしながら呟く。
何度も試して、削って、繋げて。
それでも、これだという形にはならない。
「もうちょいでいけそうなんだけどなぁ……」
有栖はその場にしゃがみこんで、空を見上げた。
青い空はさっきと変わらず綺麗なのに、
頭の中だけがぐちゃぐちゃしている。
あと一歩。
でもその一歩が、どうしても埋まらない。
――キーンコーンカーンコーン。
無情にチャイムが鳴り響いた。
「あ」
現実に引き戻される。
「……やば」
「戻ろうか」
零がギターケースを肩にかける。
「これ返してから戻るね」
「おっけー」
階段の手前で足を止めて、有栖は振り返った。
「ありがと!わざわざギター借りてきてくれて」
「どういたしまして」
軽く手を振る零と別れて、有栖は一人、教室へと戻る。
「有栖、遅〜い!」
「ごめんごめーん」
軽く謝りながら席に着く。
数秒後、黒板には、呪文のような数式が並んでいた。
数学。
いつもならそれなりに聞いているはずの授業。
でも今日は――
(……無理だぁぁぁ)
頭に入る気がしなかった。
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