キミと歌姫はじめました!
先生の声が、遠くで流れているみたいにぼやける。
「じゃあこの問題を――」
チョークの音。
ノートを開く。
ペンを持つ。
でも書くのは、数式じゃない。
ぽつり、ぽつりと。
単語を書き出す。
『ライブ』
『声』
『届ける』
『怖い』
書いては消して、また書いて。
「……なんか違う」
小さく呟く。
しっくりこない。
どれも、薄っぺらく感じる。
(そもそも……)
ペン先が止まる。
(何書きたいんだっけ、私)
ライブ用の曲。
でもそれって、具体的に何?
盛り上がる曲?
感動する曲?
一緒に歌える曲?
どれも正解な気がして、どれも違う気がする。
(曲調も決まってないし……)
バラードなのか。
ロック寄りなのか、ポップなのか。
何も決まっていない。
真っ白だ。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
ノートの上には、バラバラな言葉だけが並んでいた。
どれも、繋がらない。
(どうしよう)
胸の奥が、じわじわと重くなる。
さっきまで楽しかったはずなのに。
今はただ、間に合わないかもしれないという
焦りだけが広がっていく。
「七瀬ー、聞いてるかー?」
「……あ、はい!」
はっとして顔を上げる。
教室の視線が一瞬だけ集まって、すぐに逸れた。
「じゃあこの問題やってみろ」
「……え、あー……」
黒板を見る。
でも、数字がまったく頭に入ってこない。
(やば……)
チョークを持たされて、ぎこちなく式を書く。
当然間違えた。
小さく笑いが起きる。
「ちゃんと聞いとけよー」
「すみません……」
席に戻りながら、さらに落ち込む。
(何やってんの、私……)
音楽もダメ。授業もダメ。
全部中途半端だ。
ノートを見つめる。
書きかけの言葉たち。
――怖い。
――でも、歌いたい。
その二つだけが、やけに強く残っていた。
五時間目が終わり、教室の空気が少しだけ緩む。
「はー、疲れた……」
誰かの声が聞こえる中、有栖はぼんやりとノートを見つめていた。
次は六時間目.....古文だ。
先生が来るまでの短い時間も、無駄にはできない。
(……考えなきゃ)
ペンを握り直す。
ノートの新しいページを開いて、また言葉を書き始めた。
【友情】
【恋愛】
【切ない】
ありがちなテーマを並べてみる。
友達と支え合う歌。
好きな人を想う歌。
別れやすれ違いの歌。
< 6 / 30 >

この作品をシェア

pagetop