幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜

第5話 あの日あたしが、欲しかったもの

花島和可子(はなじまわかこ)です。短い間ですが、どうぞ宜しくお願いいたします」
「……水谷芽依子です。こちらこそ、どうぞ宜しくお願いいたします」

グレージュの髪をシニヨンにまとめた花島は、細身のパンツスーツを着こなし、立っているだけで周囲の視線をさらっていく。
迫力ある美人の彼女から、やけに視線を感じるのはなぜだろうか。 
芽依子は胸につっかかりを覚えながらも、花島の席へ案内する。

「私と小田で、研修を担当します。繁忙期とあって忙しいですが、分からないところは遠慮なく質問してくださいね」 

芽依子は未入力の伝票の束を渡し、順を追って説明していく。

(……なんだろう、やけに見られてる)

遠慮のない花島の視線に、芽依子は少し困惑してしまう。

「えっ……と、わかりにくかったですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」

にこっと返された彼女の笑みに、芽依子の記憶が一瞬、ひりついた。

「では、ここまで入力をお願いします。終わったらまた、声をかけてください」
「……ほんと、遥希から聞いてたとおりね」
「え……?」

(今……はるきって言った?)   

聞き直そうと思ったが、すでに花島は作業に集中している。
芽依子は小さなわだかまりを抱えたまま、自身の業務に戻った。          
  
***

「水谷ちゃん、昼いせにいきましょー!花島さんも案内がてら一緒にどう?」

業務も一段落したので、小田に誘われて三人は食堂に来ていた。

「お二人はいつもここで食べてるんですか?」
「五階にも社員食堂はあるけど、ここのほうが広いし、屋上にも出やすいのよね」

今日は生憎の空模様だが、外の景色を一望できるので、芽依子も気に入っている場所でもある。 
二人は日替わり定食のトレイを、芽依子はお弁当包みを広げていく。

「さすが。今日もぬかりないわね!初恋ヒーローは」  
「小田さんっ」
「初恋ヒーロー?」

怪訝な顔の花島に、小田が得意気に説明する。

「水谷ちゃんの幼なじみが、お弁当を作ってくれてるのよ。それが毎回凝っててね~愛情よねぇ~。……あ、ヒーローっていうのは――」
「もうっ小田さんっ……冷めちゃいますよ食べましょっ」

弾丸のように話し続ける小田に、芽依子は「いただきますっ」と遮った。

(……はる兄のこと、知られたくない……なんて)
 
なぜか、花島にだけは、遥希のことを知られたくなかった。
誤魔化すみたいに肉巻きを頬張ると、甘辛い味が口いっぱいに広がった。
今日のおかずは、アスパラガスの肉巻きに、ほうれん草のごま和え、もやしのナムル。
 
いつか、芽依子も遥希のためにお弁当を作りたい――と思っているが、このクオリティを見せられるとなかなか実行に移せないでいる。
遥希も遥希で、「めいに作ってあげたい、俺のはいつでもいいよ」というスタンスなので、芽依子もそれに甘えている。 

(そういえば……一回だけ、はる兄のお弁当作ったこと、あったような……)  

芽依子は記憶を手繰り寄せるも、いまいち思い出せない。 
  
(んっ……おいしいっ)

愛情たっぷりな遥希の味を堪能している芽依子を、花島は何かを確かめるみたいに見ている。

「その卵焼き……」
「え?」
「水谷さんが好きなもの……ですか?」
「はい……そうですね?」 
 
花島が、ふっと視線を落とす。
その先は、芽依子が大好きな常連のおかず。
遥希が丁寧に焼き上げた黄金色の卵焼き。
 
​食い入るようにそれを見つめていた花島は、やがて何かを納得したように細い肩を揺らした。
 
「やっと、わかったわ……」
「……わかった?」
「どうしても、食べさせてくれなかった……その"卵焼き"なのね」  
 
​向けられたのは、怖いくらいに綺麗な、そしてほんの一瞬、底冷えするような笑みが見えた。

芽依子の背筋にゾクリとした戦慄が走ったと同時に、どこか既視感があった。
僅かだが、ざらりと胸の奥を掠めていく。
 
(……なんだろう、この感じ。どこかで……)
 
「……花島さん……」
 
​困惑する芽依子の反応さえ楽しむように、花島は箸を動かし始める。
小田が、全く空気を読まない……いや、読もうともしない満面の笑みで身を乗り出してきた。 

「卵焼きといえばっ……最近、だし巻き定食って、流行ってない?」
「あぁ……!ランチ特集でよく観ますよねっ」

パッと花が咲いたような、あまりにも場違いな明るい声だが、今の芽依子には有り難かった。

「そうなのよ!中から明太子が溢れるやつとか! ……でも意外と値段するわよねぇ~」

芽依子は小田の話に相槌を打ちながらも、心の中は穏やかではない。
いつもは甘い卵焼きも、今日はひどく砂を噛むような味に変わっていた。     
   
「初恋ヒーローねぇ……遥希ってば、相変わらずいい趣味してる」

花島の囁くような小さな声は、食堂の喧騒に紛れ芽依子に届くことはなかった。  
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