幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
お風呂あがりに遥希が用意したアイスココア。
甘い雫が舌先に広がり、少しだけ気持ちが落ち着く。
芽依子は、リビングのローテーブルに置いた問題集を開ける。
「やっぱり受けてみようかな」
「……なんで?」
ソファで本を読んでいた遥希が顔をあげる。
「スキルアップしたいし、もっと視野を広げたい。はる兄とか周りの人とか凄いから……置いてかれたくない」
「めい、今のままでも十分頑張ってるやん」
「無理せんでええよ、めいには俺がおるやろ」
優しい声なのに、胸の奥がじわりと重くなる。
守られているはずなのに、なぜか呼吸が浅くなる。
「アイツ……江崎やっけ?酷い目にあったばっかりやろ?」
「うん。だからこそ、落ち着いて取り組めるから」
「でも、今繁忙期やろ?急がんでええやん」
遥希は本を閉じると、音もなくソファを降りて芽依子の背後に座る。
そのまま後ろから包み込むように芽依子を抱き寄せると、その大きな手で、白熱灯の光を反射していた問題集を――静かに、けれど拒絶を許さない重みでパタンと閉じた。
「今日はもうやめとき」
そのまま頭を撫でながら、包み込む強さはゆるめない。
「これ以上、自分を追い込んでどうすんねん」
「でも……あたし……」
「大丈夫、そのままのめいでええんやから」
遥希の慈しむ瞳に写る芽依子は、確かに今の姿だ。
なのに、守られ可愛がられている幼い頃の自分のようで。
(優しいし……思われてるって、わかってる)
(でも……今はそれが息苦しい……)
芽依子は行き場のない想いに、そっと目を伏せる。
世界一安心できる腕の中なのに、甘くて苦い蜜で満たされた檻に閉じ込められているみたいだった。
***
翌朝、出勤する遥希を玄関で見送る。
見慣れた照明の明るさなのに、芽依子の胸の奥には、まだ昨夜の重たい余韻が冷たく沈んだままだ。
「なんかあったら俺んとこに来るんやで」
「うん、わかってる。迷わんと……でしょ?」
「ん、じゃ行ってきます、めいも行ってらっしゃい」
「ありがとう、行ってらっしゃい」
遥希が遅番の芽依子を送り出すときは、定番のこのやりとり。
けれど、扉が閉まる音が、やけに大きく響いて、まるで遥希が拒絶しているように感じてしまう。
(きっと、はる兄は気付いてる……)
あの後、閉じられた問題集を手に、そそくさと自室に戻った。
そのぎこちない背中を、きっと遥希は気づいたはずだ。
遥希の優しさは、いつも芽依子の逃げ道を塞ぐ。けれど今回は、その優しさに甘えることが、芽依子にはどうしても「正解」だとは思えなかった。
重たい足取りで社員通用口を通ると、百貨店特有の、空調の効いた無機質な空気が頬をなぞる。
小田と花島から早番の引き継ぎを受け芽依子は今日のタスクを確認する。
(変更箇所が三点も増えてる……)
いつもなら辟易する作業量も、余計なことを考えずに済む。
今はこの忙殺が、逆に有難かった。
催事用の什器の追加申請に、目を通していると隣の花島に呼ばれた。
「水谷さん、このグラフの資料はどこのフォルダかわかりますか?」
「あ……これは――」
説明しようと彼女のデスクへ身を乗り出した、その瞬間だった。
デスクに置かれた花島のスマホが、震えとともに明るく灯る。
ロック画面に浮かび上がった通知が、芽依子の視界に嫌な鮮明さで飛び込んできた。
【遥希 明日終わり次第、行くわ】
「…………はる、兄……?」
同姓同名の別人かも知れない。
そんな思考より先に、言葉が勝手に飛び出ていた。
花島はマウスを握っていた手を離し、スマホの画面を芽依子に見せた。
メッセージアプリのアイコンが、遥希本人と完全に一致している。
芽依子はここが職場だということも忘れて、食い入るように見つめた。
「ほんと、あたしが欲しかったものを、水谷さんは全部持ってるのよね」
「花島さん……?」
「まだ気づいてないんだ」
ブラウンレッドの唇が艶やかに弧を描き、感情の読めない静かな声で告げる。
「ね?"めい"ちゃん……」
「――彼が、どれだけ『嘘つき』で、『欲張り』な男か」
花島の視線が、芽依子の唇へ落ちた。
甘い雫が舌先に広がり、少しだけ気持ちが落ち着く。
芽依子は、リビングのローテーブルに置いた問題集を開ける。
「やっぱり受けてみようかな」
「……なんで?」
ソファで本を読んでいた遥希が顔をあげる。
「スキルアップしたいし、もっと視野を広げたい。はる兄とか周りの人とか凄いから……置いてかれたくない」
「めい、今のままでも十分頑張ってるやん」
「無理せんでええよ、めいには俺がおるやろ」
優しい声なのに、胸の奥がじわりと重くなる。
守られているはずなのに、なぜか呼吸が浅くなる。
「アイツ……江崎やっけ?酷い目にあったばっかりやろ?」
「うん。だからこそ、落ち着いて取り組めるから」
「でも、今繁忙期やろ?急がんでええやん」
遥希は本を閉じると、音もなくソファを降りて芽依子の背後に座る。
そのまま後ろから包み込むように芽依子を抱き寄せると、その大きな手で、白熱灯の光を反射していた問題集を――静かに、けれど拒絶を許さない重みでパタンと閉じた。
「今日はもうやめとき」
そのまま頭を撫でながら、包み込む強さはゆるめない。
「これ以上、自分を追い込んでどうすんねん」
「でも……あたし……」
「大丈夫、そのままのめいでええんやから」
遥希の慈しむ瞳に写る芽依子は、確かに今の姿だ。
なのに、守られ可愛がられている幼い頃の自分のようで。
(優しいし……思われてるって、わかってる)
(でも……今はそれが息苦しい……)
芽依子は行き場のない想いに、そっと目を伏せる。
世界一安心できる腕の中なのに、甘くて苦い蜜で満たされた檻に閉じ込められているみたいだった。
***
翌朝、出勤する遥希を玄関で見送る。
見慣れた照明の明るさなのに、芽依子の胸の奥には、まだ昨夜の重たい余韻が冷たく沈んだままだ。
「なんかあったら俺んとこに来るんやで」
「うん、わかってる。迷わんと……でしょ?」
「ん、じゃ行ってきます、めいも行ってらっしゃい」
「ありがとう、行ってらっしゃい」
遥希が遅番の芽依子を送り出すときは、定番のこのやりとり。
けれど、扉が閉まる音が、やけに大きく響いて、まるで遥希が拒絶しているように感じてしまう。
(きっと、はる兄は気付いてる……)
あの後、閉じられた問題集を手に、そそくさと自室に戻った。
そのぎこちない背中を、きっと遥希は気づいたはずだ。
遥希の優しさは、いつも芽依子の逃げ道を塞ぐ。けれど今回は、その優しさに甘えることが、芽依子にはどうしても「正解」だとは思えなかった。
重たい足取りで社員通用口を通ると、百貨店特有の、空調の効いた無機質な空気が頬をなぞる。
小田と花島から早番の引き継ぎを受け芽依子は今日のタスクを確認する。
(変更箇所が三点も増えてる……)
いつもなら辟易する作業量も、余計なことを考えずに済む。
今はこの忙殺が、逆に有難かった。
催事用の什器の追加申請に、目を通していると隣の花島に呼ばれた。
「水谷さん、このグラフの資料はどこのフォルダかわかりますか?」
「あ……これは――」
説明しようと彼女のデスクへ身を乗り出した、その瞬間だった。
デスクに置かれた花島のスマホが、震えとともに明るく灯る。
ロック画面に浮かび上がった通知が、芽依子の視界に嫌な鮮明さで飛び込んできた。
【遥希 明日終わり次第、行くわ】
「…………はる、兄……?」
同姓同名の別人かも知れない。
そんな思考より先に、言葉が勝手に飛び出ていた。
花島はマウスを握っていた手を離し、スマホの画面を芽依子に見せた。
メッセージアプリのアイコンが、遥希本人と完全に一致している。
芽依子はここが職場だということも忘れて、食い入るように見つめた。
「ほんと、あたしが欲しかったものを、水谷さんは全部持ってるのよね」
「花島さん……?」
「まだ気づいてないんだ」
ブラウンレッドの唇が艶やかに弧を描き、感情の読めない静かな声で告げる。
「ね?"めい"ちゃん……」
「――彼が、どれだけ『嘘つき』で、『欲張り』な男か」
花島の視線が、芽依子の唇へ落ちた。