幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
第6話 距離を置いた先に、見える未来
その視線の意味に気づいた瞬間、胸の奥で、古い記憶が音を立てた。
――中一の冬休みに入る終業日。
遥希の実家の部屋で、制服姿の知らない女の子がキスをしていた。
あの日、芽依子が逃げた理由。
蓋をしていたはずの初恋が、今さらみたいに疼きだす。
「その顔……思い出したみたいね」
「……はる兄の……」
「そう、彼女よ」
分かっていたはずの言葉は、容赦なく芽依子の胸に突き刺さる。
「あなたは、幼なじみのめいちゃんでしょ。あの時見たまんまだったから、すぐにわかったわ」
花島はデスクに肘をつき、芽依子の反応を楽しむように目を細めた。
「まさか同僚として会うとは思わなかったけど。……今、遥希と一緒に住んでるんでしょ?」
小さく頷くのが精一杯だったが、それでも芽依子は視線を逸らさなかった。
「……あの、はる兄が嘘つきで欲張りってどういうことですか?」
「それはあなたが一番よく知ってるんじゃない?……あ、でも今も遥希に守られてる側だもんね」
答えにならない答えに、芽依子は唇を噛む。
彼女の纏うロストチェリーの香りが、胸の奥に沈んでいた嫉妬心を、執拗に焚き付けていく。
「ねぇ、初恋ヒーローの腕の中は、息苦しいんじゃない?」
その瞬間、芽依子の肩が強張った。
嫌な汗が、じっとりと肌に絡み付く。
(なんで違うって、言えないの……)
「あら、二人してどうしたの?手詰まり?」
資料室から戻った小田の登場で、二人の間に流れていた不穏な空気が霧散していく。
振り向くと、資料を抱えた小田が不思議そうに首を傾げている。
切り替えた花島は、自然な笑みに戻っていた。
「大丈夫です、ファイルの場所がわからなかったので、水谷さんに教えてもらってたんです」
「あぁ、これね!分かりにくいわよねぇ~営業担当者も、こっちのこと考えてほしいわよねぇ」
やれやれといった表情だったが、芽依子の様子に気付き、慌てて顔を覗き込む。
「水谷ちゃんっ、顔真っ青よっ……大丈夫?」
「……大丈夫です、ちょっと暑さにやられたみたいです……」
芽依子は乾いた笑いと手振りで答える。
その様子に安心した小田は、思い出したように話題を切り替えた。
「そういえば、試験申し込んだ?」
「まだ悩んでて……」
「勿体ないわよ。受けるだけでもやってみたら?」
「なんの話ですか?」
声こそ穏やかだが、花島はどこか挑発的な眼差しで見つめる。
芽依子は少しばつが悪そうに視線を逸らした。
「水谷ちゃんの主任登用試験。今年推薦してるのよ」
「へぇー……凄いですね、水谷さん」
「いえ……そんな……」
「締め切りまではまだ日があるから。もう一回よく考えてみたら」
小田は明るく伝えると、自分の席へ戻っていく。
その後ろ姿を見送ったあと、花島の唇が、音もなく芽依子の耳元で動いた。
「チャンスを与えられてるのに……また逃げるのね」
「逃げてなんかっ……」
「そう?そんな調子じゃ……明日遥希を貰うわね」
***
花島の言葉が、耳の奥で何度も反響する。
――遥希を貰う。
その意味が分からないほど、もう幼くない。
思い出したくなかった記憶が、ゆっくり繋がっていく。
遥希の実家の階段を駆け上がる足音。
部屋に香るフレッシュグリーンの匂い。
一緒に潜った布団のあたたかさ。
あの日も、いつもと同じだった。
――遥希の部屋のドアを開けるまでは。
「は~る~に~ぃ~?」
「あら、めいちゃん、おかえり。鍵空いてへん?」
芽依子は、玄関横に立ち、慣れた調子で二階に向かって呼んでいた。
買い物帰りの遥希の母親――清子が、呆れながら鍵を回す。
「はるママ、ただいま!うん、ピンポンしても返事なかったよ」
「はる兄寝てるのかな?」
「ほんま、あの子は……」
キッチンに荷物を置くのを手伝ったあと、リビングも見たが遥希の姿はない。
「あたしみてくるね!」
「お願いね、めいちゃんおやつあるから、おりてきたら食べよ」
いつものように駆け上がろうとして、ピタッと止まる。
芽依子の中に、イタズラ心がむくむくと沸き上がった。
(寝てるなら……驚かせちゃお!)
忍び足で登り、突き当たりの部屋まで慎重に進んでいく。
するとドアの向こうから、話し声が聞こえてきた。
「……いいでしょ?遥希」
「……はぁ……好きにしたら?」
遥希とは別に、聞き慣れない声。
(はる兄と……だれ?)
芽依子は静かにドアノブに手を掛け、そっと開いた。
「っ!!」
遥希の背中越しに、見えた同じ制服を着た髪の長い女の子。
顔が重なって見えたのは、気のせいだろうか。
すると、視線がかち合った。
(女の人……こっちみた!)
驚いた芽依子に気づいたものの、彼女は遥希に向き合う。
「ねっ……もう一回しよ?」
彼女の手が遥希の耳に触れて、そのまま目を閉じた。
今度ははっきりと、ゆっくりと。
さすがに芽依子も分かってしまった。
叫びそうになるのを、両手で押さえ込む。
涙が溢れて濡れていくのに、喉の奥は乾いてひりつく。
呼吸の仕方を忘れたみたいに、うまく息ができない。
(なんで……はる兄とキスしたの?)
ただ視線は逸らせなかった。
瞳に焼き付く、彼女の勝ち誇ったような笑み。
(やだ……やだよ……はる兄のバカっ!)
芽依子はゆっくりと後退り、逃げるように、でも静かに階段を降りた。
するとキッチンから、おやつを手に芽依子を呼び止める。
「めいちゃん、どっち、食べたい?って、ちょっ……どうしたの!?」
「ごめんっ……はる……ママ……。帰るっ」
その日の夜、遥希は何度も会いに来た。
けれど芽依子は、布団を被ったまま声を殺して泣いた。
「会いたくないっ」
それしか言えなかった。
気付けば意地は拗れに変わり、素直になれないまま時だけが過ぎていった。
(子どもじみた嫉妬心……)
(それでも、はる兄は変わらずに、あたしをそばにいさせてくれる)
「花島さんは、今でもはる兄のこと……好きなのかな」
(花島さんが相手でも……)
「でも……あたしも好き」
(なのに、好きなのに、しんどい)
あのときとは違う、二律背反な痛み。
芽依子の心は、揺れていた。
――中一の冬休みに入る終業日。
遥希の実家の部屋で、制服姿の知らない女の子がキスをしていた。
あの日、芽依子が逃げた理由。
蓋をしていたはずの初恋が、今さらみたいに疼きだす。
「その顔……思い出したみたいね」
「……はる兄の……」
「そう、彼女よ」
分かっていたはずの言葉は、容赦なく芽依子の胸に突き刺さる。
「あなたは、幼なじみのめいちゃんでしょ。あの時見たまんまだったから、すぐにわかったわ」
花島はデスクに肘をつき、芽依子の反応を楽しむように目を細めた。
「まさか同僚として会うとは思わなかったけど。……今、遥希と一緒に住んでるんでしょ?」
小さく頷くのが精一杯だったが、それでも芽依子は視線を逸らさなかった。
「……あの、はる兄が嘘つきで欲張りってどういうことですか?」
「それはあなたが一番よく知ってるんじゃない?……あ、でも今も遥希に守られてる側だもんね」
答えにならない答えに、芽依子は唇を噛む。
彼女の纏うロストチェリーの香りが、胸の奥に沈んでいた嫉妬心を、執拗に焚き付けていく。
「ねぇ、初恋ヒーローの腕の中は、息苦しいんじゃない?」
その瞬間、芽依子の肩が強張った。
嫌な汗が、じっとりと肌に絡み付く。
(なんで違うって、言えないの……)
「あら、二人してどうしたの?手詰まり?」
資料室から戻った小田の登場で、二人の間に流れていた不穏な空気が霧散していく。
振り向くと、資料を抱えた小田が不思議そうに首を傾げている。
切り替えた花島は、自然な笑みに戻っていた。
「大丈夫です、ファイルの場所がわからなかったので、水谷さんに教えてもらってたんです」
「あぁ、これね!分かりにくいわよねぇ~営業担当者も、こっちのこと考えてほしいわよねぇ」
やれやれといった表情だったが、芽依子の様子に気付き、慌てて顔を覗き込む。
「水谷ちゃんっ、顔真っ青よっ……大丈夫?」
「……大丈夫です、ちょっと暑さにやられたみたいです……」
芽依子は乾いた笑いと手振りで答える。
その様子に安心した小田は、思い出したように話題を切り替えた。
「そういえば、試験申し込んだ?」
「まだ悩んでて……」
「勿体ないわよ。受けるだけでもやってみたら?」
「なんの話ですか?」
声こそ穏やかだが、花島はどこか挑発的な眼差しで見つめる。
芽依子は少しばつが悪そうに視線を逸らした。
「水谷ちゃんの主任登用試験。今年推薦してるのよ」
「へぇー……凄いですね、水谷さん」
「いえ……そんな……」
「締め切りまではまだ日があるから。もう一回よく考えてみたら」
小田は明るく伝えると、自分の席へ戻っていく。
その後ろ姿を見送ったあと、花島の唇が、音もなく芽依子の耳元で動いた。
「チャンスを与えられてるのに……また逃げるのね」
「逃げてなんかっ……」
「そう?そんな調子じゃ……明日遥希を貰うわね」
***
花島の言葉が、耳の奥で何度も反響する。
――遥希を貰う。
その意味が分からないほど、もう幼くない。
思い出したくなかった記憶が、ゆっくり繋がっていく。
遥希の実家の階段を駆け上がる足音。
部屋に香るフレッシュグリーンの匂い。
一緒に潜った布団のあたたかさ。
あの日も、いつもと同じだった。
――遥希の部屋のドアを開けるまでは。
「は~る~に~ぃ~?」
「あら、めいちゃん、おかえり。鍵空いてへん?」
芽依子は、玄関横に立ち、慣れた調子で二階に向かって呼んでいた。
買い物帰りの遥希の母親――清子が、呆れながら鍵を回す。
「はるママ、ただいま!うん、ピンポンしても返事なかったよ」
「はる兄寝てるのかな?」
「ほんま、あの子は……」
キッチンに荷物を置くのを手伝ったあと、リビングも見たが遥希の姿はない。
「あたしみてくるね!」
「お願いね、めいちゃんおやつあるから、おりてきたら食べよ」
いつものように駆け上がろうとして、ピタッと止まる。
芽依子の中に、イタズラ心がむくむくと沸き上がった。
(寝てるなら……驚かせちゃお!)
忍び足で登り、突き当たりの部屋まで慎重に進んでいく。
するとドアの向こうから、話し声が聞こえてきた。
「……いいでしょ?遥希」
「……はぁ……好きにしたら?」
遥希とは別に、聞き慣れない声。
(はる兄と……だれ?)
芽依子は静かにドアノブに手を掛け、そっと開いた。
「っ!!」
遥希の背中越しに、見えた同じ制服を着た髪の長い女の子。
顔が重なって見えたのは、気のせいだろうか。
すると、視線がかち合った。
(女の人……こっちみた!)
驚いた芽依子に気づいたものの、彼女は遥希に向き合う。
「ねっ……もう一回しよ?」
彼女の手が遥希の耳に触れて、そのまま目を閉じた。
今度ははっきりと、ゆっくりと。
さすがに芽依子も分かってしまった。
叫びそうになるのを、両手で押さえ込む。
涙が溢れて濡れていくのに、喉の奥は乾いてひりつく。
呼吸の仕方を忘れたみたいに、うまく息ができない。
(なんで……はる兄とキスしたの?)
ただ視線は逸らせなかった。
瞳に焼き付く、彼女の勝ち誇ったような笑み。
(やだ……やだよ……はる兄のバカっ!)
芽依子はゆっくりと後退り、逃げるように、でも静かに階段を降りた。
するとキッチンから、おやつを手に芽依子を呼び止める。
「めいちゃん、どっち、食べたい?って、ちょっ……どうしたの!?」
「ごめんっ……はる……ママ……。帰るっ」
その日の夜、遥希は何度も会いに来た。
けれど芽依子は、布団を被ったまま声を殺して泣いた。
「会いたくないっ」
それしか言えなかった。
気付けば意地は拗れに変わり、素直になれないまま時だけが過ぎていった。
(子どもじみた嫉妬心……)
(それでも、はる兄は変わらずに、あたしをそばにいさせてくれる)
「花島さんは、今でもはる兄のこと……好きなのかな」
(花島さんが相手でも……)
「でも……あたしも好き」
(なのに、好きなのに、しんどい)
あのときとは違う、二律背反な痛み。
芽依子の心は、揺れていた。