この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
 心地の良い、甘く優しい香りがする。
 これは南部にいた頃、部屋に飾っていた花の香りによく似ているわ。

 瞼を開けると、天使の描かれた天井画が視界に入る。

 ここは私に与えられた部屋だ。

 部屋はほんのりと明るくなりかけているが、今は何時頃だろう。
 窓から入り込む光を視界に入れた時、ハッと気づく。

 私、昨日、お湯を浴びて――。

 そこから先の記憶がない。

 いてもたってもいられず、ベッドから跳ね起きた。

 手触りのよい夜着を着ていることにホッとした。

 でも待って……。

 私は昨日イザークと一緒に湯を浴びて、途中で熱くて湯あたりをして、イザークに支えられた。
 肌と肌が密着していることに強く意識してしまい、顔がカーッと熱くなったんだ。
 そこで倒れてしまったのかしら。

「最悪だわ……」

 再びベッドに倒れ込み、枕に顔を突っ伏した。
 あれからイザークはどうしたのだろう。意識を失った私を抱きかかえたのだろうか?

 そこではたと気づく。
 誰が着替えさせたのだろう? まさかイザークなの?

 そこに考えつくともう、羞恥でいてもたってもいられなくなる。

 恥ずかしくて枕から顔を上げられないでいると、扉がノックされた。

 きっとドリーが来たのだろう。
 枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で返答した。

 扉が開く音がして人の気配を感じる。おずおずと顔をあげるのと同時だった。

 紫に輝く瞳と視線がかち合ったのは――。

「まだ気分が悪いのか?」

 そこにいたのはイザークだった。
 思いもよらない相手の出現で心臓がドクンと跳ねた。

 私、心の準備ができていないのに!

「き、昨日はお騒がせしました」
「――いや。あそこは湯あたりしやすいんだ。つい話し込んでしまって。俺にも原因がある」

 意外なことに彼は責任を感じているようだった。あなたのせいではないのに。
 私は意を決してゴクリと喉を鳴らす。

「起きたら着替えていたのですが、誰が着替えさせてくれたのでしょうか」

 イザークの目をジッと見つめる。

「な……」

 言葉の意味を理解したのか、みるみるうちにイザークの顔が真っ赤になる。

「俺じゃない! あのメイドだから安心しろ!」

 この慌てよう、嘘ではないだろうと思い、ホッとする。

「そんな具合の悪い相手に、どうこうするわけないだろう!」

 こうも否定されると構ってみたくなるというか、ちょっといたずら心がムクムクとわく。

「別に着替えさせてくださっても良かったのですよ?」
「なっ……!」

 イザークは耳まで熱を帯び、湯気でも立ちそうなほどだ。
 視線は落ち着きなく揺れ、指先はそわそわしている。

「私もあなたの胸の傷を見ましたし、お互いさまです」

 ニコッと笑って告げるとイザークはウッと言葉に詰まったのち、叫んだ。

「バ、バカか! そんなことを口にするな!」

 この人、考えていることが割と顔に出やすい人かもしれない。
 それに、こうやって早朝から様子を見に来てくれるなんて、優しいんじゃないかしら。
 新しい一面を知った気がして嬉しい。

「うふふ。冗談ですよ」

 微笑むとイザークは首の後ろに手を当て、視線を逸らした。

「でも、本当にありがとうございます」

 彼がいなかったら、そのまま湯に沈んでいたかもしれない。
 イザークは私の言葉を素直に受け止めると、小さくうなずいた。

「俺も――悪かったよ」

 え? 今、なんて?

 不思議な言葉が聞こえたので、目をパチパチと瞬かせた。

 彼はまだなにかを言いたそうだったので、ベッド脇にあった椅子を勧めた。イザークは遠慮がちに腰を掛けると、ぽつりとつぶやく。

「配慮が足りなかった」
「と、申しますと……?」
「いろいろと」

 彼は一人で思うところがあったみたいだが、圧倒的に言葉が足りない。

「あんたは南部から来て、ここに馴染もうと努力しているんだと思った」
「……」
「湯あたりして倒れた時、支えた体があまりにも華奢で驚いた」
「……」
「きっとあんたも望んで北部にきたわけではないのに。……今まで八つ当たりして悪かったよ」

 正直、意外に思った。

 あれだけツンツンした態度だったイザークは私に対する態度を軟化させてきたのだから。

 うなだれた子犬のように見え、思わず笑いそうになる。
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