この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
 翌日はすっかり元気だった。ウォルクの街へ行き、食堂へ顔を出したかったがイザークが渋る。

「しばらく部屋で過ごしているように」

 しばらくって、いつまで?

「大げさです」

 たんに湯あたりだったし、セレナの診察だって受けたじゃない。それなのに私の行動を制限する必要がどこにあるの。

「だって暇なんですもの」

 納得できずにむくれていると、イザークはため息をつく。

「わかった。時間が潰せるように、なにか考える」

 どうしてここまで心配するのかしら。私の視線からイザークは察したのか、肩をすくめた。

「今度、俺の見ていないところで倒れてしまったらと思うと――」
「私はそんなに体が弱いわけじゃないですわ」

 スッと立ち上がり、イザークの前に立つ。

「熱だってありませんし、どこも痛くないですし」

 胸を張って主張するとイザークは視線を逸らし、たじろぐ。

「だが、そんなに細い腕でなにかあったら困るだろう」
「そうですか? そんなに細くもないですよ」

 袖をまくり上げて二の腕をチラリと見せる。

「な、なにをしている! 隠せ!」

 イザークの顔は一瞬にして赤くなり、しどろもどろになる。

「意外に力持ちですよ、私」

 イザークに腕を見せつけグイグイ近づくと、彼は唇を噛みしめ後退する。その視線は決して私を見ようとはしない。

「わ、わかったから、腕をしまってくれ」

 イザークは降参と言わんばかりに、両手を上げた。

「それにそんなに近づかないでくれ。甘ったるい匂いをさせて」
「甘ったるい?」

 私は自分の腕に鼻を近づけ、クンクンと嗅いだ。

「もしかして私、匂いますか……?」

 無臭だと思っているけれど、自分のことはわからないもの。勇気を出して聞いてみる。

 だがイザークは唇をクッと噛みしめ、言葉に詰まる。その頬は赤い。

「と、とにかく!! 数日は大人しくしていること。あとから時間を潰せるよう、考える」

 イザークは吐き捨てると、そそくさと退室した。

「ドリー。正直に答えてちょうだい。私って、どんな匂いがするの?」
「花のような優しく甘い香りですわ」

 匂いのことなど初めて言われたので戸惑う。

「イザーク様、周囲には汗臭い男しか、いなかったのでしょう。だから髪につけた香油の香りなど、馴染みがないのかもしれませんね」

 普段嗅ぎ慣れないから、気に障るのかしら。
 ともあれ、数日間は部屋に閉じこもっていることになりそうだ。

「ロゼールを呼んで参りますわ。あと、本も探してきます」
「助かるわ」

 しばらくはロゼールに食堂の件はお願いすることにし、部屋で大人しく過ごすことにした。
 
 ***

 そして数日が経った。

 部屋で時間を潰すことにも飽きたので、ドリーを連れて屋敷内を歩くことにした。イザークは屋敷内なら好きにしていいと言っていたし、ちょうどいい運動になるだろう。

 ドリーと連れ立っていると、どこからかかけ声が聞こえてきたので、私とドリーは顔を見合わせた。

 声の聞こえる方へ足を向けることにし、階段を登った先は円形状の競技場だった。座席がずらりと並び、下では騎士たちが訓練に励んでいる。座って観戦することもできた。

「この声だったのね」

 騎士たちは魔物たちとの戦いに備え、日々訓練しているのだろう。剣のぶつかり合う音が聞こえる。

 ドリーと少し見学することにし、そっと腰を下ろした。

 それにしてもすごい迫力だ。体格のいい男性がテキパキと動き、剣を受け止めている。ドリーも食い入るように見つめている。

 そしてひときわ、目立つ存在がある。

 銀の髪が輝き、動きに無駄がない。剣で相手を軽くなぎ倒している。苦悩の表情を浮かべる相手と比べて、イザークは冷静だ。

 剣を静かに受け止め、一瞬の隙をついてなぎ払う。

「すごいわ」

 侯爵家のイザークがみずから総指揮官を務めている。それだけ北部を魔物から守りたいという思いが強いのだろう。

 イザークは額に流れる汗を腕でグイッと拭き取った。

 こうやって遠目でも思うけど、やっぱりかっこいいのよね。私とは距離がある関係だけど、ここ最近では少し近づいたわ。そう嫌われていないのかしら。だったらいいのだけれど……。

 まあ、仲良くなるに越したことはないわよね。

 イザークは自由を望んでいるようだけど、この結婚は王命だ。

 彼の望み通り、早く解放してあげられたらな……。

 その時、視線を感じたのか、イザークがパッと振り返った。

 その瞬間、目が合った。

 彼は少し口を開け、遠目でわかるほど、動揺を見せた。
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