亡霊の忘れ花
第一章

ねぐせ

“ずるい。陽希はずるいよ”
泥中にいるように、意識がぼんやりしている。
 ずるずる、深く深く沈んでいく感覚の中、誰かの声が聞こえた。
そいつは自分を罵り、啜り泣く。
ああ、もう何回目だろうか。ほとんど毎日、この夢を見る。
“陽希さえいなければ。そうすれば僕は”
ーーうるさいな。んなこと知らないよ。てかあんたは誰なんだ。毎日毎日おんなじ夢を見させやがって。
そんなことを考える間に、泣き声は大きくなる。
無理して起きようとすれば起きられる。なのに、陽希は毎回この泣き声を放っておくことができない。
痛みに快楽を見出すように、夜が明けるまでこいつに寄り添うのだ。

「はるきくん朝だよ」
目を覚ました陽希を襲ったのは、僅かな倦怠感と息苦しさ。
倦怠感はいつものこと。息苦しさの原因は、腹の上にどっかり乗っかっている幼稚園児にある。
「おはよーさっちゃん…。重い」
「れでぃに向かって失礼だよぉ!」
さっちゃんこと皐月はこの家の一人娘で、今年から幼稚園生だ。
通っている高校が遠くにある陽希より遅く家を出るはずなのに、いつも陽希より早く起きてわざわざ起こしにくる。皐月のおかげで遅刻を免れているのは事実だが、方法は少々乱暴だ。三歳児とはいえ、人に乗っかられるのは流石にきつい。
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