ワンナイト限りの割り切り関係に「もう一度」は無粋です! ~正反対な私たちは今日も意見が合いません~
 バスルームから出れば、彼は身支度を整えていた。そして、シャワー終わりの私に笑顔を向けると、入れ替わるように彼もバスルームに入っていった。後ろから聞こえるシャワーの音に、そっと息を吐く。

(あそこまで手の内がバレたのは初めてだった…。いや、むしろ最初から一夜限りにする気はなかったのかも。やっぱり難癖あったのね)

 そんなことを考えながら、着てきた服に着替える。軽く化粧を直せば、ちょうど彼もバスルームから出てきた。そのまま各々の身支度を終え、部屋を出た。先ほどのように二度目の夜を求めるようなことを言わない彼に違和感を感じつつ、藪蛇はごめんだと黙っておいた。

「駅まで送りますよ」
「大丈夫です」
「こんな夜道に女性を1人で帰せと?流石にできかねますね」
 
 クスクスと笑われてしまえば、もう断る気力も湧かなかった。静かに頷けば、タイミングよくエレベーターがフロントに着いた。そのままホテルを出て歩き出すも、隣には相変わらず本名も何も知らないリョウさんが並んでいる。そんな現実から逃れるように空を見上げれば、綺麗な月が見えた。

 夜の空気は冷たく、無遠慮に頬を刺してくる。けれど、その寒さが今の私には心地よかった。火照った体を冷まし、現実へと引き戻してくれるような気がした。
 駅に近づくにつれ、喧騒が戻ってくる。その安心感に、つい歩く速度が早くなってしまった。

「じゃあ、ここで」

 最初に集合した時計の下で立ち止まれば、彼もまた足を止めた。
 
「……本当に今日限りなのですね」

 リョウさんは寂しげな苦笑を浮かべて立っていた。相変わらず端正な容姿をしている。彼は事が終わっても尚、紳士的なままだった。あの時は感情的になったものの、今は物悲しそうな顔をするばかり。強引な手段に出る様子は微塵も感じられなかった。

「元からそういう約束ですし」
「…何かご不満でもありましたか?」

 その言葉には、正直に首を横に振る。不満なんて出るわけがない。あんなに紳士的に優しくされてしまえば、考え抜いたとしても不満などたったの1つも出ないだろう。

「なら、」
「それでも、1人の人と長く関係をもつことはしたくないんです。…今日はありがとうございました。良い人と出会ってくださいね」

 私は礼を述べ、1歩踏み出す。二度と会わない相手に、これ以上の言葉を伝えるというのは無粋というもの。
 けれど、彼は最後に言葉を投げてきた。

「嘘のように聞こえるかもしれませんが、僕はこの夜で本気になりましたからね。……ハナさん」

 その言葉に、私は振り返らなかった。

 『本気』

 なんて空虚で、重苦しい言葉だろう。マッチングアプリで偽名を使って会った一晩限りの相手に、何を本気になるというのか。

「……ご縁があったら、その時に」

 それもまた、私の常套句で社交辞令だった。今、ここから逃げるための言い訳じみた嘘。
 私はそれだけ言い残すと、今度こそ人込みに紛れた。
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