苦くて甘い恋のゆくえ~無機質な堅物上司がメンターですが、本音なんて言えません~
「あの……このハンカチ、ちょっとだけお借りしてもいいですか?」
このまま、すぐに返したくはなかった。彼の物だと思うと、どこか気持ちに寄り添ってもらえるような気がする。すると課長は私の傍まで歩み寄り、いきなり片手を背中へ伸ばすと、自身の方へと引き寄せた。
「――っ!?」
思わぬ行動に、心の中で嬉しい悲鳴が上がる。驚きのあまり胸の奥がキュンと弾け、私はスーツの胸元に頬を寄せたまま、身動きが取れなくなった。
「いいよ。だから、もう泣くな」
その言葉が耳に届き、悲しみの感情を一気に吹き飛ばす。何も言えず、ただ彼の声ばかりが頭の中を巡った。背中に置いた彼の手からは温もりが伝わる。こんな風に優しくされたら、この感情をどうすればいいのか。
たとえ課長が誰かに惹かれていたとしても、この想いは簡単に止められそうにない。
しばらくして、課長は腕の力を緩めた。私の傍をゆっくりと離れると、運転席へ回り込む。
「今夜は早く寝るんだぞ。そうすれば、明日は元気に仕事ができるからな」
彼は、まるでいつもの課長を演じるかのように伝えると、車に乗り込んだ。熱を帯び、立ったまま茹で上がりそうな私を残して、車は静かに通り過ぎる。
しばらく動けなくなってしまい、その場で思い切り夜の空気を吸い込んだ。