苦くて甘い恋のゆくえ~無機質な堅物上司がメンターですが、本音なんて言えません~
まな板の上には包丁が置いたまま、シンクには野菜くずが散らばり、IHコンロの上には煮込んでいる途中の鍋がある。傍には入れるはずのカレー粉の箱が置かれている。そして炊飯器の中には、炊いている途中のものが止まったままだ。
「はい。電気が落ちたので、すべてが中途半端で……」
「このままだと、食事も取れないな」
「いえ、大丈夫です。缶詰とか、レトルト食品とかありますから。でも、ご飯は……どこかで買ってきます」
せめて先にご飯を炊いておくべきだった。色々なところで詰めの甘さが露呈する。かれこれ二時間近く停電している。この状況がいつまで続くのか見当がつかないけれど、このまま課長に付き合わせるわけにもいかない。
「その内復旧すると思いますから、コーヒーを飲ん、ひゃぁっ」
床に落ちていたビニール袋を踏んだのか、一瞬スルリと足が取られる。体が傾いた瞬間、力強い腕に抱き留められた。気付くと目の前に課長の顔があり、手に持っているスマホライトが間接照明のように照らしている。切れ長の瞳に見つめられ、思わずその視線を外すことができなくなった。
課長って、こんな顔……してた?
メガネの奥には、すっきりとした綺麗な二重。まっすぐな鼻筋と引き締まった唇。さっきまで普通に感じていた彼の顔が、至近距離で見たことで、改めて整っていることを認識させられる。