王子の隣は問題児

王子の隣は、やっぱり問題児だった

 開演ベルが鳴る。
 ざわめいていた講堂が、潮が引くみたいに静かになる。
 私立聖クラウン学園、聖クラウン祭特別公演──
『白薔薇の王子』
 幕が上がった。

 第一幕。
 白い光の中、白薔薇の庭園に立つ王子。
 天城恒一が一歩前に出た瞬間、客席の空気が変わった。
「天城様……」
「本物……?」
 本物である。
 白の礼装は月光みたいで、立ち姿は姿勢の教科書みたいで、声はよく通り、微笑めば女子生徒が呼吸を忘れる。
「私はこの国を守る。民の願いと、未来のために」
 完璧だった。
 演技も、所作も、存在感も。
 もはや演じるというより、そういう生き物だった。
 舞台袖の如月は思った。
(うわ、ちゃんと王子だ)

 問題は第二幕。
 黒薔薇の騎士、登場。
 暗転。
 黒い音楽。
 スモーク。
 そして、如月ハル、満を持して登場……するはずだった。
 出ない。
「……?」
 舞台の天城は察した。
(また、やらかしたのか)
 舞台袖から如月の声がする。
「ごめん」
「どうした?」
「マントが」
「どうなった?」
「挟まった」
「なんとかしろ!」
 本番中である。
 裏方総出で引っこ抜く。
 バッ!
 勢いよく外れた如月、なんとか舞台へ飛び出す。
「我が名は、黒薔薇の──」
 
 つるっ!
 マント、今度は自分で踏んだ。
 客席、一瞬の静寂。
 天城、人生最大級の判断を下す。
「……待っていたぞ、黒薔薇の騎士よ」
 自然に手を差し出し、転びかけた如月を引き起こす。
 転倒をアドリブで防いだ。
 客席、大歓声。
「きゃあああ!」
「今の演出!?」
「尊い!」
 違う。
 事故である。
 だが、如月はその手を取った瞬間、一瞬だけ目を丸くしたが、アドリブで返した。
「……遅れたな、白薔薇の王子よ」
 その声音が、驚くほど良かった。
 空気が変わる。
 さっきまで転びかけていた男と同一人物とは思えない。
 鋭い目。
 低い声。
 余裕ある立ち姿。
 まさに、本番だけ別人。

 物語は進む。
 剣を交え、対立し、思想をぶつけ合う。
 くだくだだった稽古を思い出せないほど、舞台の上の二人は噛み合った。
「力なき理想に、何が守れる!」
「力だけの正義に、何が救える!」
 剣戟。
 拍手。
 女子、泣く。
 保護者席も、泣く。
 そして、クライマックス。
 黒薔薇の騎士は敗れ、王子へ膝をつく。
 本来の台本では、ここで決められた台詞がある。
「あなたこそ、真の王子だ」
 だが、如月は一瞬だけ、天城を見た。
 これまでの朝。ネクタイ。弁当。怒鳴り声。ため息。誰よりちゃんとしていて、誰より苦しそうだった、その背中。だから──
 如月ハルは、台詞を言った。
「……完璧じゃなくても」
 講堂が静まる。天城の目が、ほんの少しだけ揺れる。
「お前は、ちゃんと王子だよ」
 アドリブだった。台本と微妙に違っていた。
 なのに、その言葉は、まるで最初から物語に書かれていたみたいに、まっすぐ届いた。
 天城は、一瞬、本当に言葉を失った。
 完璧でいなければならない。
 失敗してはいけない。
 期待に応えなければならない。
 そうやって着込んできた王子の鎧の少し奥に、その言葉が届いた。
「……ああ」
 気づけば、天城は、台本より少しだけ柔らかい声で答えていた。
「ありがとう」
 客席、大号泣。

 カーテンコール。
 割れんばかりの拍手。
 白薔薇の王子、黒薔薇の騎士。
 二人並んで一礼。
 その瞬間。
 如月、緊張の糸が切れた。
 盛大に転んだ。
「最後にこれかよ!」
 講堂、大爆笑。感動、台無し。
 天城もとうとう耐えきれず、声を立てて笑った。
 生徒会長らしからぬ、本当に楽しそうな笑い方だった。
 それを見た女子生徒、またまた尊死。

 終演後の舞台袖。
「如月」
「ん?」
「なぜ、最後に転ぶんですか」
「様式美です」
「は?」
「笑ってたじゃん」
「……」
「初めてじゃない? あんな顔して笑ったの」
 天城は、少しだけ黙って、それからため息をついた。
「……あなたは」
「うん?」
「本当に問題児です」
「わかってる」
「ですが」
「ん?」
「隣にいる分には、悪くありません」
「……え?」
「忘れてください」
「録音したかった」
「してなくてよかったです」

 数日後の理事長室。
 天城と如月が呼びされた。
 理事長は如月に話しかけた。
「如月くん」
「はい」
「学園祭、素晴らしかったな」
「いえいえ、それほどでも」
「それでだ。次期生徒会役員、興味あるか?」
「え、やだ」
「即答!?」
 隣で、天城が静かに言った。
「いえ、如月にやらせましょう」
「え?」
「逃がしませんよ」
「王子、こわっ」
「何を今さら」
 こうして、白銀の王子と、黄金の問題児。
 聖クラウン学園史上、もっとも騒がしく、もっとも愛される名物バディの、さらなる物語が始まった。
 完璧王子の隣には、やっぱり今日も、問題児がいる。

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