追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
「何か言いました?」
「別に何もない」
「先生、駄目ですよ。人の不幸は蜜の味といいますが、そんな思いなら、ご自身が幸せになれませんよ。恋愛に迷う私が言うのもなんですが、先生には幸せになってほしいんです」
「じゃあ、付き合ってよ」
「それは別です。先生は私に同情しているだけです」
「それじゃあ、僕は幸せになれない」

2人が口論しているように見えたのを心配して、先程のカップルが旭に赤い糸を分けてくれた。

「よかったら、余分があるのでどうぞ。仲直りして結んでくださいね」
「ありがとう」

旭が糸を受け取ると、カップルは道を降りて行った。旭は赤い糸を手すりに結びつけた。それを見て慌てて旭のもとへ走りより藍は言った。

「先生、何するんですか。今、赤い糸を結びつけましたよね」
「僕も幸せになりたい」
「でも恋人同士じゃないと駄目ですよ」
「大林さんと恋人になりたいから結んだ」
「えー!どこに結びましたか?」

藍は手すりの糸を触り解こうとした。旭はいたずらをした子供のように楽しんで見ていた。

「人の糸を解くのは駄目じゃない」
「先生もう!」

旭に対する藍の気持ちが、前世のことを覚えていないと分かっていても、腹立たしく思う。とっさに藍の手を握り、手すりに寄りかかり崖の下を覗き込んだ。

藍も手を握られ引っ張られたので、自然と手すりに腹を当てた状態で下を見るはめになった。恐ろしく急な岩肌が見え、川は流れが早かった。旭の手を力強く握り締めていた。

「怖い?白藍と飛び降りた。崖は、案外低いよ。死にはしない。体が矢で貫くことがなければ」

顔を上げて旭を見た。旭の真剣な顔は冗談を言っているようには見えなかった。

「先生、どういうことですか?」
「姫とその男は、ここから飛び降りたらしい」
「こんな高いところから?」
「覚えてないのか?白藍。僕の命が尽きた場所を」
「先生?」
「何度生まれ変わっても君はいない。あの時の約束が、僕の心を縛り付けるだけだった」
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