追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 それからの姫は体を悪くした。筆の字が弱々しく、途中で乳母の字に変わった。

度重なるいじめに合う心労と産後の肥立ちが悪いことや池に落とされたことで、心身共に相当弱っていた。

それでも我が子は可愛く守りたい存在になった。強い母になろうと努力したが、弱っている体は、いうことがきかないのだ。

その後は乳母が姫の様子を手紙にしていた。それは息子が5歳の誕生日を迎える前に命が尽きた。

死期が近づいたと感じた姫は、当主に息子の命を守ってほしいと頼み込んだらしい。そして跡継ぎにしてほしくないとも伝えた。涙ながらに武内は頷いた。

そして乳母に近寄らせて、小声で頼んだ。旭が必ず後世に来る。どうか、子孫を通して、鶴の柄の漆器の箱を渡して欲しいと言うことが最期の言葉だった。乳母に思いを託すと安心したように生き途絶えた。

それ程までの旭への愛情の深さを知って乳母は後悔した。坂原家の忠義のために姫を犠牲にしたのだ。後悔しきれない思いが、己を攻めたが、姫はもう帰っては来ない。

姫の死に顔を見ると、安らかなのが救いだ。やっと旭のもとへ旅立ち自由になったのだと乳母は思った。姫の願い通り後世で結ばれるのなら、己は地獄に落ちても良いと神に生まれて初めての願いをした。

最後の乳母の手紙の締めくくりに「どうか神よ。藍姫様を旭の元に導いてください」
旭は涙した。姫の痛烈な悲しみが伝わる。命を助けたことが白藍にとっての悲恋を呼ぶとは思わなかった。
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