追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 藍は寂しく1人で寒々しい日々を過ごしたことを 思い出した。温かい食事は美味しいと体が感じていた。楽しく懐かしい思いが、自然と涙で溢れてしまうのだ。

「藍ちゃんどうしたの?」
「ゆう、藍ちゃんて馴れ馴れしいな。ねぇ、大林さん。辛い時は涙を流した方がいいんだ」
「いえ、楽しくて、懐かしくて、勝手に涙が」
「藍ちゃんは感動したのね。旭はあったかい人なの今頃気づいた?」
「はい」
「大林さん、それ普段は冷たい人に聞こえるよ。酷いな」
「いえいえ、そんなつもりはないんです」

慌てる藍が可愛くて2人は笑っていた。微笑みは消えることなく旭の顔に残っていた。それを見ると藍は優しく安らぐのだ。

どこかで触れた懐かしさは、体では感じていたが、心では気づかない。そこにある自然なものが、当たり前にあるのではないのだ。

過酷なまでに辛い記憶は前世に置いてきた。藍の潜在意識は、表面に出ようとはしない。

だが、表面張力によって現れようとしているのは、旭の強い愛情が作用している。塞ぎ止めた川の流れは、小さな隙間から今にも溢れようとしていた。

 ゆうも思いのほか優しかった。友は類を呼ぶとは、まさにこのことだ。相手を思いやる心が温かく感じられた。

一緒に住んでみて、気がついたことがある。休みの時によくリビングでお茶をしているゆうは、藍にも淹れてくれる。

優雅なひとときとは、こんな感じだと藍は思った。必ず旭も仲間に入り、手作りの焼き菓子を用意してくれた。それは、ひとときの安らぎだった。


 ゆうはスタイリストとして会社経営をしている。美容室の店舗を何件も持った社長である。経営の才能があるのは磨きをかけた美しい容姿と仕事の速さだ。自分自身が美しい広告塔である。

だからこそ、タレントや俳優の個人からファッション雑誌などスタイリストとして契約をしている。これも旭とゆうは類を呼んでいると思える一面だった。一流の友とはこういうことなのだろう。

藍は平凡な自分が、ここにいて良いのかと思えたのだ。だけど、心が落ち着く。だから離れたくても離れられないシェアハウスなのだ。
< 58 / 117 >

この作品をシェア

pagetop