追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 食事が終わり、店を出ようとすると、鈴木が見送ってくれた。藍は美味しかった感動を伝え、最後にお礼を言った。

会計を済ませようとしたら、鈴木が「また藍さんに来てもらいたいから、俺のおごりで」と言う。藍は会計をさせて欲しいと言うか断られた。あまり言うと失礼かと思い、その好意に甘えた。

鈴木は旭と肩を組んで、何か話していたが、藍には聞こえなかった。ただ、仲が良いのが微笑ましくて、自然と笑顔になった。

店を後にして車に乗った。2人は鈴木の話をした。

「美味しかったです。あんなに美味しもの初めて食べました」
「だろう。どのレストランよりもあの店の味は、右に出るものはない。相当な勉強してきたんだから、鈴木さんはすごいよ」
「そうですね。鈴木さんの魔法のようです。料理を食べると幸せになる。とても高そうで、鈴木さんにおごってもらっても、よかったんですかね?」
「鈴木さんが大林さんを彼女にできるように協力してくれた。2人で美味しいものを食べると幸せな気分になる。その勢いで頑張れって。結婚式は俺が腕を振るんだって」
「え、そんな話になっているんですか。勝手に押し進めないでください」
「僕は諦めてないよ。やっと出会えたんだから」

藍は苦笑いをした。それは恋愛に臆病になっていて怖かったのだ。裏切りや別れは、もうそろそろ卒業したい。もう若くないのだと知っているからだ。

天職だと思える仕事に生きて、恋愛自体、それも卒業しようかと思った途端、旭の存在か大きくなる。

ただでさえ小説家としてファンなのに、彼氏になると深い沼に陥る。もし別れが来たら這い上がれない程のダメージがある。その前に心を抑えて、現状回避したいだけだと思っていた。自分に自信がないことが、1番の原因だと重々、分かっていた。

 食事の時に鈴木が進めてくれたワインを断れなくて、調子に乗って飲んでいたことを思い出した。今になって酔いが回ってきた。思考が停止しそうだ。眠気と戦かい敗れそうになっていた。旭がそれを見て、面白くて爆笑していた。

「寝てもいいよ」
「駄目です。先生をただの運転手のように扱えません」
「耐えている様子が、面白すぎて運転に支障が出る」
「いいえ、眠れません」
「いいから寝てよ。お姫様」

旭の心地良い声が遠くに聞こえ、気絶したように眠りについてしまった。旭は藍の寝顔を見ていると、あの頃の平穏が思い出され幸せだった。

無邪気に笑い合い、寄り添い寝た幼い日々の安心感。ずっと一緒にいられると思っていた子供の時。大人に近づくにつれ、現実の苦しさを知るのだった。

もう今は、そんなことを考えずに、思いのまま愛せる。翼望が旭を突き進めるのだ。追想の日々はもう終わりだ。今を生きよう。
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