こっちを向いて、ヴェルランド。
Ⅹ【宿屋にて】
リゲルに到着すると、ヴェルランドは一つの宿屋前でリーリエを地上に降ろした。
「ありがとうございます」
「気にするな、入るぞ」
ヴェルランドはそう言って宿屋の中へと入ると慣れた様子で受付へと向かう。
「いらっしゃい」
「すまない、部屋を二つお願いしたい」
ヴェルランドは達筆な文字で宿泊名簿に名前を書く。
「あー、悪いが…今は感謝祭の影響でどこも満室なんだ…」
宿主の言葉にヴェルランドは顔を顰める。
「一室もないのか?」
「…屋根裏の汚い部屋で良ければ空いてるよ」
「汚い部屋…」
宿主の言葉にリーリエはわかりやすく顔を顰める。
「それが嫌なら他を当たってくれ、まぁどこも同じ様なもんだから、この際酒場で一夜を明かすってのもアリだと思うが…女連れだと色々苦労するかもな…」
宿主はそう言うと、リーリエのことを下品な視線で見つめた。
「では、その部屋を頼む」
ヴェルランドはそんな宿主からリーリエを守る様にして彼女の腕を引くと、階段を登った。
宿主の言った通り、部屋は本当にどこも満室らしく、ポツンと屋根裏の部屋だけが空いていた。
「仕方がない…。今日はここで休むぞ…」
二人は部屋へと入ると、ヴェルランドは直に床へ座り込む。
リーリエは初めての宿屋に、周囲をキョロキョロと見渡すと遠慮気味に一つのソファへと腰掛けた。
「宿屋は初めてか?、お姫様」
ヴェルランドの言葉にリーリエは目を見開く。
「…何故、それを?」
「話の節々からそう推測したまでだ」
「話の節々からって…、私そんなにお喋りでしたか?」
彼にはカノープス出身という事と国の内情について語ったまでである。
「今の時代、侍女を雇えるのはそれなりに地位のあるもの。戦争中に国から逃げ出せるのも何かしらの権力を持った者でないと無理だ。それにお前の料理スキルは初心者以下。加えて世間知らずでお人好しなところを見れば温室育ちなのは一目瞭然。違うか?」
「料理スキルが初心者以下なのは関係ないでしょう…」
リーリエは頬を膨らまして反論する。
「それは失礼…、しかし、あまりも酷かったんでな。普段は料理人でも雇っている身分なのかと思ったまでだ」
ヴェルランドの言葉にリーリエはギクリと肩を振るわす。確かにカノープスにいた頃は食事の支度は料理人に任せていた。
「流石、元ゼロ部隊です事…。何でもお見通しなのね」
リーリエは参りましたと、両手をあげて見せる。
「対象をよく観察するのは、基本中の基本だ…。それに…」
「それに…?」
「いや、何でもない」
突然、黙り込んでしまったヴェルランドにリーリエはわかりやすく溜息を吐く。
「では、私から質問しても宜しいかしら?」
「…なんだ」
「リリィ王女が生きていたのって、もう随分と昔のお話よね?貴方本当はおいくつなの?」
リーリエの質問に今度はヴェルランドがわかりやすく溜息を吐く。
「それを聞いてどうする…、私をジジィだと罵る気か?」
「違います。どんな呪いをかけられたのか知りたいのです」
「それと年齢が一体何の関係がある」
「不老不死の呪いは我々一族の間では禁忌とされています。もし貴方が受けた呪いが本当であれば、ダンゼルは何かしらの対価を支払ってその呪いを発動させたはずなのです…」
「対価だと?」
「えぇ。例えば寿命とか、今ある権力とか、後は…」
「人の命か…」
ヴェルランドの言葉にリーリエは黙り込む。やはり、リリィ王女が死んだのには何か裏がありそうだ。
「…順当に年老いていれば五十代半ば、確かリヒトと一つ違いだから恐らくそれくらいだ」
ヴェルランドはそっぽを向きながら答える。五十代にしてはやはり若すぎる。
「ダンゼルが禁忌を犯して呪いを発動させたのは本当の様ですね…。恐らく古代魔法の一種でしょう…。古代魔法には危険なものが沢山残されていますから今は誰も触れたがりません。対価ありきのモノがほとんどですから…」
リーリエはそう言うと、ソファから立ち上がりヴェルランドの前に座り込む。
「なんだ?」
「残念ながら古代魔法は一度かけられてしまうと中々元には戻せないモノが多いのです」
「…気にするな。もう元に戻れるとは思っていない」
「ですが、魔獣化を抑える事は可能です」
リーリエはそう言うとヴェルランドの手を握った。
「何をする…」
「私の魔力を半分、分けて差し上げます。そうすれば魔獣化も上手くコントロールできるはずです」
「しかし…、」
そんなことをして大丈夫なのだろうかー?
戸惑いの表情を見せるヴェルランドにリーリエは微笑む。
「大丈夫ですよ、私の魔力はこう見えて結構強いのです。それに…貴方には、これから私の護衛をお願いしたいのです」
リーリエはそう言いながら懸命にヴェルランドの体へ魔力を流し込む。
「護衛とは、カノープスまでの護衛か?」
「えぇ。そうです」
「戻ってどうする」
「それは…」
恐らく、カノープスは今頃戦争の真っ最中。例え戻れたとしても先は見えている。
「国王がお前と侍女を国外へ逃したならば、それが答えだ。今更戻ってもお前にできる事は何一つ無い…」
厳しいが、それが現実だー。
ヴェルランドの言葉にリーリエは瞳を伏せる。
「そんなこと…、わかっています。ですから最後は自分の生まれ育った大切な場所で散りたいのです」
「…」
「ヴェルランド…貴方を巻き込んでしまった事は謝ります。カノープスまで戻ることができたら私の残りの魔力も貴方に差し上げます…。だから、どうか私の最後の旅に付き合ってはいただけないでしょうか?」
リーリエは今にも泣きそうな表情でヴェルランドに懇願する。もう後にも先にも頼れるのは彼しかいないのだ。
「……仕方ない」
ヴェルランドは少し無言を貫いた上で口を開いた。その言葉はどこか重たく戸惑いが見え隠れする。
「ありがとうございます!さぁ、もっと手を強く握って下さい!本当は口付けてしまった方が早いのですが、それはリリィ王女に免じてやめて差し上げます」
リーリエはそう言って悪戯っ子の様にクスリと微笑む。
その表情がリリィ王女に、そっくりだと言う事実にヴェルランドは静かに動揺した。