Last quarter

Vol.4

― 強がって見せているだけ。 


 そういえば息せき切ってそんなこと口走っていたな。何故だろう。もう四ヶ月も前のことなのに、彼女が言ったひとつの言葉が思い出せた。

 そして、今まで二人で過ごした全てのシーンの中にある何気ない言葉やふとした仕草。自分を見上げて楽しそうに笑う彼女の大きな瞳と風に揺れる髪。全てが鮮やかな天然色でたくさん脳裏に甦ってくる。

 想い出か……。
 まるでたくさんの星屑の欠片みたいだ。そう思う朋也の瞳に春の淡い銀河が映っていた。
 もっともっとたくさんの星空を二人で眺めたい。これから二人で過ごしていく季節の色も香りも、全てのものを同じように見ていきたい。

「ありがとう、美月」

 朋也はゆっくり上半身を起こすと、美月の頭を軽く撫でた。美月は目だけで朋也の動きを追いながら、切なそうに呟いた。

「仲直りに行くの?」
「とりあえず、ごめんってメールする。で、夜になってから呼び出すつもり。美月の言ったとおり、星空を見ながら仲直りしてくるよ」
「そう……。ちゃんと素直な気持ちで紗月さんと向き合ってね。そうしたら、お義兄ちゃんの想いは必ず伝わるわ」

 美月は身体を起こすと、朋也の正面に向き直った。何だか表情が暗い。
 先程とは明らかに違う哀しそうな笑みを湛えていた。

「どうした? 具合でも悪いのか」

 美月の額に手を伸ばしてみたが熱っぽくはなかった。
 途端、美月の目に小さな涙の粒が浮かんだ。
 それを朋也に見られないように一瞬、目を伏せて俯いた美月だったが、すぐに何かを吹っ切るように顔を上げると小さな笑みを浮かべた。

「ううん、何ともないよ。私、素直じゃないからこういう時、どうしていいのか分からないだけ」

 美月はゆっくりとベッドから降りると、「じゃ、すぐにメール出すんだぞ」と、Vサインを作って部屋から出て行った。

 朋也は美月の様子がおかしいことに気付きながらも、それを深くは考えなかった。


 朋也の美月への想いと、美月の朋也への想い。
 それは永遠に交わることはない。
 
 義兄を一人の異性として見つめていた美月の想いは完全な一方通行でしかなかった。

 朋也は美月の出て行ったドアを見つめ、「難しい年頃だよな……」と、呟き、おもむろに携帯電話をジーンズのポケットから取り出した。
 星ばかり見ている男は、どこまでも鈍感なのだった。



 自室のドアを静かに閉じた美月は内側からそっと鍵を掛けると、崩れるようにその場に座り込んだ。
 一人きりになった途端に感情の波がはじけた。みるみるうちに大粒の涙が堰を切ったように溢れ出てくる。

 我慢して我慢してほんとうの気持ちを、ほんとうの想いを封じ込めていたこの数ヶ月間。どこかで自分を無理に納得させていた。義兄なのだからと……。


 でも本音は違う。人を好きになるのに理由なんてない。心が惹かれたのだからどうしようもない。
 朋也とは血が繋がっていないのだから、好きになっても構わないのだと。

 しかし、そんな本音を心の中で呟けば呟くほど苦しくて切なくて眠れない日々が幾夜も続いた。心が折れそうになって大声で泣きたい夜もあった。

 一体、いつから好きになっていたのか自分でも分からない。でも、あの新月(ニュームーン)の夜、じゃれあうように朋也の頬にキスしたときには、もう淡い感情が芽生えていたのだと思う。


― 義妹じゃなかったら恋をしていたかも


 ふざけるようにそう呟いたけど、きっとあのときにはもう朋也に恋をしていたのだ。


 どうしようもない想い、どうにも出来ない想いなのは自分自身でよく分かっていた。


 でも今は幸せなことなんだと思うことが出来る。
 いつだって傍にいることが出来るし、いつだって笑顔も見れる。
 そして誰に遠慮もなく甘えたり色んな話をすることだって出来る。ずっとずっとそれが続いていくのだから。
 励ましあったり支えあったりして、見守っていきたい。そして、ときには役に立ちたいと思う。

 だって、嬉しそうな朋也の笑顔を見ているだけで自分も元気になれるし、幸せな気持ちになれるから。


 幾つかの恋に終わりがあるように、それがたとえ恋にならなくても、その人をいつまでも信じることが出来て、尊敬が出来るのならば繋がりが切れることは絶対にない。
 相手を信じた自分を信じる勇気と、大切にしたいと想う心があればいつだって、いつまでだって傍にいれる。

 それが相手を想う心。大切な人を想う気持ちなんだと思ったり出来るようになったから。そんなふうに思える人に巡り会えただけでほんとうに幸せなことなのだから。

「好きよ……、大好きなんだから。紗月さんにも負けないくらいに」

 そう呟いた美月は零れ落ちる涙を両手で拭った。


 でも……、やっぱりダメだ。朋也の心は紗月さんしか見ていない。見えていない。
 何処かで踏ん切りを付けなければいけない。
 そうしなければ私も前に進むことが出来ない。


 心の奥深くにこの想いを沈めよう。あきらめよう。それがいちばん良いことなのだ。


 そしていつかきっと、この想いがまた胸の奥深くから溢れ出てくる日は必ずやってくる。
 それがどんな人に向けられるのか今はまだ知る由もないけれど、やっぱり星が好きで空をいつも見上げているような人がいいな。

 疎くても鈍感でもいい。いつだって真っ直ぐな瞳で自分だけを見つめてくれる人がきっと目の前に現れるはず。
 必ず巡り会えるはず。


 そう思いながら美月は立ち上がると、部屋の窓を大きく開いた。夏の匂いが部屋中に広がっていく。
 胸いっぱいに夏の香りを吸い込んだ美月は小さな声で呟いた。

「そうだよね、兄さん……」

 窓から大きく身を乗り出し、初夏の何処までも澄みきった青い空を美月は仰いだ。
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