Last quarter
Vol.6
「じゃあ、私、ブックセンターに行ってきます。ちょうどいい時間だから」
シートベルトを外し、助手席のドアから降りた美月は小さく手を振って、そのまま路地を歩いていく。
朋也は美月の姿が路地を曲がるまで見送った後、ゆっくりと車から降りてマンションのエントランスへと向かった。
エントランスにあるオートロック操作盤の前で朋也は深呼吸をして505と打ち込み、呼び出しボタンを押した。
部屋の灯りは点いていた。オートロックのマンションだから来訪者の姿はモニター画面で確認が出来る。
― 紗月さん、会いに来たんだ。一緒に夜空を見に行こうよ。
そう話そうと朋也は決めていた。
呼び出し音が静かなエントランス内に何度か響く。しかし、インターホンから何の応答も返っては来ない。
もう一度、呼び出しボタンを押してみたがインターホンの向こうから紗月の声は返っては来なかった。
また凹んだ。これはそうとう頭にきたのか、へそを曲げて拗れてしまったのかと、朋也はオートロックのガラス扉に頭を打ち付けたい気持になっていた。
仕方ない。ここで悶々とするよりは一旦家に戻ろう。美月のお茶が終わるころにメールをして迎えに行き、もう一度紗月さんにメールをしよう。
仲直りしようよ。夜空をもう一度二人で見上げたいと……。
がっくりと肩を落とし、エントランスから出て車に乗り込んでいく朋也の姿をマンションの駐車場から覗き込んでいる影があることに彼は気付いていなかった。
朋也の車のエンジンが掛かり、ゆっくりと車寄せから出ていく。
そのテールランプが路地を曲がると、駐車場から様子を窺っていた一人の女性がそっとエントランスに入っていった。エントランス内のダウンライト照明に照らされたその女性は、ブックセンターに向かったはずの美月だった。
「あーぁ、思っていた通りの展開。いくら何でもここまで分かりやすいとは思ってもみなかったな」
美月はそう呟きながら、辺りを見渡した。
駐車場に人影ナシ。車寄せにも人影ナシ。オートロックの向こう側にあるエレベーターも動いていない。通りからこのマンションへと入ってきそうな人影もナシ。
「よしよし。焦るとコトを仕損じると」
深呼吸をひとつ吐いた美月はオートロック操作盤に505の番号を打ち込み、呼び出しボタンを中指でそっと押した。チャイムの音が響き、少しの間をおいて躊躇いがちな声が操作盤のスピーカーから聞こえてきた。
「はい……。どちらさまですか」
予想通りの少し高めのアルトの声。
そして、この時間に訪れた見知らぬ人への警戒心がありありと声色に隠れている。
一人暮らしをしている人にしか分からないであろう、見知らぬ人への対応の不安が手に取るように伝わってきた。
美月は安心をしてもらおうと、とびきりの笑顔をモニター画面に向けた。
「あ、藍田 紗月さんですね。私、小幡 美月と申します。小幡 朋也の義妹の美月です」
邪気のない明るく、元気な声がエントランス内に響く。
「えっ……」
声にならないような、戸惑うような呟きがスピーカーから零れた。
「私、紗月さんにお話ししたいコトがあってここに来ました。よろしければ、お部屋でも外でも構いませんのでお会いしていただけますか」
小首を傾げ、もう一度笑顔を作った。
「えっと……。美月ちゃん、取り敢えず中に入って」
その言葉と同時にオートロックの扉が開いた。美月はモニターに向かい、ぺこりとお辞儀をしてから扉を潜った。エレベーターに乗り込み、五階に着くとホールの前に一人の女性が美月を出迎えていた。
「美月ちゃんかな? 初めまして、藍田 紗月です」
紗月が深々とお辞儀をする。美月も「小幡 美月です。突然お尋ねして、ほんとうに申し訳ございません」と、頭を下げた。
「さ、どうぞ。私の部屋はこちらです」
紗月が部屋へと案内する仕草を見せ、にこりと微笑んでくれた。
マンションの外廊下を紗月の後について歩きながら美月は内心ドキドキしていた。ここまでは予定通り。
断られるということは全く考えていなかった。きっと紗月は部屋まで通してくれると思っていた。
ここからが勝負。上手く演じないと……。美月は自分のシナリオをもう一度、頭の中で巡らせていた。
でも、紗月さんって想像以上にキレイな女性なんだとタメ息が出そうだった。
まったく、お兄ちゃんってば面食いだったのかと、美月は思っていた。もし朋也が隣にいれば思いっきりからかったに違いない。
いや、コトが上手くいったなら父と母にも朋也の面食いをバラして、皆で楽しくからかおうと美月は決めた。
シートベルトを外し、助手席のドアから降りた美月は小さく手を振って、そのまま路地を歩いていく。
朋也は美月の姿が路地を曲がるまで見送った後、ゆっくりと車から降りてマンションのエントランスへと向かった。
エントランスにあるオートロック操作盤の前で朋也は深呼吸をして505と打ち込み、呼び出しボタンを押した。
部屋の灯りは点いていた。オートロックのマンションだから来訪者の姿はモニター画面で確認が出来る。
― 紗月さん、会いに来たんだ。一緒に夜空を見に行こうよ。
そう話そうと朋也は決めていた。
呼び出し音が静かなエントランス内に何度か響く。しかし、インターホンから何の応答も返っては来ない。
もう一度、呼び出しボタンを押してみたがインターホンの向こうから紗月の声は返っては来なかった。
また凹んだ。これはそうとう頭にきたのか、へそを曲げて拗れてしまったのかと、朋也はオートロックのガラス扉に頭を打ち付けたい気持になっていた。
仕方ない。ここで悶々とするよりは一旦家に戻ろう。美月のお茶が終わるころにメールをして迎えに行き、もう一度紗月さんにメールをしよう。
仲直りしようよ。夜空をもう一度二人で見上げたいと……。
がっくりと肩を落とし、エントランスから出て車に乗り込んでいく朋也の姿をマンションの駐車場から覗き込んでいる影があることに彼は気付いていなかった。
朋也の車のエンジンが掛かり、ゆっくりと車寄せから出ていく。
そのテールランプが路地を曲がると、駐車場から様子を窺っていた一人の女性がそっとエントランスに入っていった。エントランス内のダウンライト照明に照らされたその女性は、ブックセンターに向かったはずの美月だった。
「あーぁ、思っていた通りの展開。いくら何でもここまで分かりやすいとは思ってもみなかったな」
美月はそう呟きながら、辺りを見渡した。
駐車場に人影ナシ。車寄せにも人影ナシ。オートロックの向こう側にあるエレベーターも動いていない。通りからこのマンションへと入ってきそうな人影もナシ。
「よしよし。焦るとコトを仕損じると」
深呼吸をひとつ吐いた美月はオートロック操作盤に505の番号を打ち込み、呼び出しボタンを中指でそっと押した。チャイムの音が響き、少しの間をおいて躊躇いがちな声が操作盤のスピーカーから聞こえてきた。
「はい……。どちらさまですか」
予想通りの少し高めのアルトの声。
そして、この時間に訪れた見知らぬ人への警戒心がありありと声色に隠れている。
一人暮らしをしている人にしか分からないであろう、見知らぬ人への対応の不安が手に取るように伝わってきた。
美月は安心をしてもらおうと、とびきりの笑顔をモニター画面に向けた。
「あ、藍田 紗月さんですね。私、小幡 美月と申します。小幡 朋也の義妹の美月です」
邪気のない明るく、元気な声がエントランス内に響く。
「えっ……」
声にならないような、戸惑うような呟きがスピーカーから零れた。
「私、紗月さんにお話ししたいコトがあってここに来ました。よろしければ、お部屋でも外でも構いませんのでお会いしていただけますか」
小首を傾げ、もう一度笑顔を作った。
「えっと……。美月ちゃん、取り敢えず中に入って」
その言葉と同時にオートロックの扉が開いた。美月はモニターに向かい、ぺこりとお辞儀をしてから扉を潜った。エレベーターに乗り込み、五階に着くとホールの前に一人の女性が美月を出迎えていた。
「美月ちゃんかな? 初めまして、藍田 紗月です」
紗月が深々とお辞儀をする。美月も「小幡 美月です。突然お尋ねして、ほんとうに申し訳ございません」と、頭を下げた。
「さ、どうぞ。私の部屋はこちらです」
紗月が部屋へと案内する仕草を見せ、にこりと微笑んでくれた。
マンションの外廊下を紗月の後について歩きながら美月は内心ドキドキしていた。ここまでは予定通り。
断られるということは全く考えていなかった。きっと紗月は部屋まで通してくれると思っていた。
ここからが勝負。上手く演じないと……。美月は自分のシナリオをもう一度、頭の中で巡らせていた。
でも、紗月さんって想像以上にキレイな女性なんだとタメ息が出そうだった。
まったく、お兄ちゃんってば面食いだったのかと、美月は思っていた。もし朋也が隣にいれば思いっきりからかったに違いない。
いや、コトが上手くいったなら父と母にも朋也の面食いをバラして、皆で楽しくからかおうと美月は決めた。