Last quarter

Vol.7

 部屋に通された美月は絵本の中に入り込んだのかと思った。
 紗月の部屋の中はパステル調の山や海の風景画や、降るような星空と街の絵、青い空に浮かぶ白い雲の絵などがそこかしこに飾られたギャラリーのようだった。

「わぁ、すごい。とってもキレイで可愛い絵。ううん、キレイなだけじゃなくて、童話のお話を絵が語り掛けてくるような感じがする……」
「あら、美月ちゃんって素敵な感受性を持っているのね。今の言葉、無意識のうちに出たのなら、とても優しい女の子なんだって分かるわ」
「あ、それって兄の口ぐせ。無意識に出る言葉は純粋そのものって」
「あれ、バレちゃったか。確かに朋くんの受け売りよ。朋くんって言葉を大切にしているものね」

 ふぅん。やっぱりお兄ちゃんのコトよく見ているんだなって分かる。

 それにしても妹を前にして朋くんか……。この人、とても自分の気持に素直な人なんだな、と美月は感じていた。

 取り敢えずは話題を変えて紗月の気持を、本心を引き出さないと。美月はサイドボードに飾っているイラストについと目を遣った。

「私、この絵に心惹かれます」

 美月は淡い色の空と海。そして海を見下ろす緑の丘を描いたイラストの前へそっと移動した。

「ノスタルジックな感じなのに、幸せな気持ちになる不思議な風景。こんなところで暮らしてみたいなって思います」
「ありがとう、嬉しいわ。私もそんな想いで描いたものなの」
「兄と一緒にですか?」

 一瞬、紗月の目が戸惑うように泳ぐ。

「……えっと、美月ちゃんは朋くんとのコトを話したくて来たのね」

 美月は小さく頷いた。


 朋也にとっても目の前の紗月にとっても、いらぬお節介なのだと美月自身が分かっている。
 でも、大好きな兄の気持を応援してあげたい。幸せになって欲しいと思ったからこそ、ここに来た。
 美月はどうしても二人に仲直りをして欲しかったのだ。

 心の奥底に沈めた気持にけじめをつけるために。


 紗月は二人掛けのソファに座っていてと言い、キッチンへお茶を淹れに向かった。
 その間、美月は天井に貼ってある満月の写真を見ていた。きっと朋也がプレゼントしたものに違いない。美月は目を閉じて満月の写真にそっと願いを掛けていた。

 紗月が戻って来て、目の前にコトリと冷たいカフェオレが置かれた。紗月は自分の指定席に美月を座らせたので、デスクの椅子を引いてきてそこに座る。先に口を開いたのは紗月だった。

「美月ちゃんがここに来たのは、私と朋くんのちょっとしたケンカのことだと思う。だから、先に私の話を。ううん、言い訳を聞いてほしいの」
「言い訳って、そんなことない。ただのすれ違いだと私は思っています」
「ううん、そうじゃないの。私ね、自分が年上だってことが最近、すごく負い目になっているの。朋くんも私の気持に薄々気付いていて。素直になれなくて意地ばかり張って、嫌われるようなことばかりしている」
「だったら……。だったらどうして兄にそう話さないんですか? きっと兄だって同じように思っているはずです」

 少しばかりムッとする思いが美月にあった。
 そこまで自己分析が出来ているのなら言葉にすればいいのに。素直になればいいだけなのにと。それが何故か出来ない。

― 気弱な自分の裏返し

 恋って、人を好きになるってこんなに無防備に、そして意地を張るように素直になれなくなるものなの? 
 美月は自分と紗月を置き換えて考えてみた。 

「それも自分で分かっているわ。今だって朋くんが来てくれて嬉しかった。なのに、部屋から出られない。返事をしたくない……、ううん。返事が出来ない自分がどうしようもないくらいイヤで」


 もし、私が紗月さんだったら?
 もし、私がお兄ちゃんとケンカしたら?
 もし、私が好きな人に意地を張ったら?
 もし、私が……。


 素直になれなくて、気のない素振りをして、心の奥底に秘めてきた朋也への想いを思い出してみた。
 たったひとつの言葉を口にすればいいのに。それが出来なくて、自分一人で抱え込んで、自分一人で悲しみや後悔を背負い込んで……。

 間違っている。紗月さんもお兄ちゃんも。素直になれそうでなれないなんて。
 忘れているんだ。すぐそばに好きな人がいるという幸せを。好きになれる人と出会えたという幸せを。

「紗月さん。私は紗月さんに同情はしません。だって、お互いに意地を張って素直になれなくて、兄とこのまま別れちゃうことになってもいいんですか」

 紗月の身体がびくりと震えた。

「兄も後悔していました。でも、やっぱり紗月さんが好きだって、素直になろうってここに来たんです。その気持ちを踏みにじらないで。お願い、紗月さんも素直になってください」

 何時の間にか美月の目に涙が浮かんでいた。

「美月ちゃん……」

 その涙を見て紗月は美月の想いを感じ取っていた。言葉を掛けようとしたが、息を呑んでそれを躊躇う。
 血のつながりの全くない義兄と義妹。だからこそ、この娘も朋也に恋をしたのだと。
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