Last quarter
Vol.8
もし、出会いが違っていたら?
もし、この娘のように想いを素直に出来ていたら?
もし、朋也がこの可愛い義妹を選んだら?
もし、明日から朋也が目の前からいなくなったら……。
この娘は自分の想いを押し殺してまでここに来てくれた。私と義兄のことを心配してくれて。
どうして? どうしてそんなことが出来るの? だから、つい言葉が口から出ていた。
「どうして……、どうしてそこまで思ってくれるの」
涙を拭った美月が毅然としてそれに答えた。
「私だってお兄ちゃんが好きだから。紗月さんに負けないくらいにお兄ちゃんが好きだから。好きな人に幸せになって欲しいから。ただそれだけ」
美月の目から涙が溢れ出て零れ落ちる。
その様を紗月は身動き一つ取れずに瞳に映しているだけだった。
そしてもう一度、涙を拭った美月が呟いた。
「あーぁ、もう計画が台無し。こんなはずじゃなかったのに」
「……え? 計画って……」
美月は目を赤くしたまま、泣き笑いをしてみせた。
「上手く恋敵を演じて紗月さんを挑発して、本音を引き出してお兄ちゃんのとこへ行かせようと思っていたのに。だめだな、本音が出ちゃった。ホントに台無し」
「……美月ちゃん」
「ホントに私が先に本音を言ってどうするんだって感じ。でも、もう仕方ないから単刀直入に伺います」
紗月は息を呑んで美月の言葉を待った。
「お兄ちゃんを私に取られたいですか? それとも見知らぬ誰かにですか? 紗月さんはそれでもいいんですか」
美月はたじろぐことなく紗月を見つめる。紗月は静かに首を横に振った。
「誰にも渡したくないし、取られたくもないわ。私は誰にも負けないくらいに彼が好きだから」
美月はほっとしたような溜息をひとつ吐いて、頭を下げた。
「紗月さん、ごめんなさい。生意気なことばかり言って。でも、紗月さんの正直な気持ちが聞けて安心しました。兄と仲直りしてください。妹からのお願いです」
やおら美月は携帯電話を取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。紗月は何も言えずにただ、美月の行動を見守ることしかできなかった。
いや、どうしていいのかが分からなかった。
美月の涙。美月の本音。そして、美月の義兄を思いやる気持ちに圧倒されて、ほんとうに何と言っていいのか、どうしたらいいのかまったく分からなかった。
「あ、私。紗月さんのマンションの前まで迎えに来てくれたら嬉しいな。……うん、うん。友だちもお父さんが迎えに来るんだって。うん、じゃ待ってるから」
「今の電話……、朋くんなの?」
「もちろん。紗月さん、エントランスに行きましょう」
紗月は慌てふためいた。
「ちよっと待って。私、気持ちの整理が出来ていない。それに今更、どんな顔して朋くんに会えばいいのか……」
「ごめんなさいっ‼ って、言えばいいだけ。お兄ちゃん、そこまで分からず屋じゃないわ」
「でも……」
「誰にも負けないくらいお兄ちゃんが好きなんでしょ? 素直にそう伝えれば万事オッケーです」
紗月には小さくウィンクして見せた美月の顔が大人びて見えた。
なんてステキな娘なんだろう。なんてステキな義妹なんだろう。負けてはいられない。
年上とか年下とか関係ない。私もこんなステキな、素直な女性にならないと。
「うん……。美月ちゃんの言う通りだね」
何かを吹っ切ったのか、紗月も照れ臭そうにウィンクをして見せる。二人はくすくすと無邪気に笑いあっていた。
時間を見計らって紗月と美月の二人はマンションのエントランスに降りて、道行く人や流れていく車をただ静かに眺めていた。
二、三分くらい経ったころ、ともに見覚えのある四輪駆動車、黒いハイラックスサーフがマンション前で速度を緩め、静かに車寄せへと滑り込んできた。すぐに車寄せへと走り、運転席へと駆け寄ったのは美月だった。
「お兄ちゃん、呼び出したりしてごめんね」
美月の声と同時に運転席の窓がゆっくりと開く。
「いや、そろそろ迎えに行こうかと思っていたところだったから」
仲睦まじそうに話す美月と朋也を見ると、紗月の胸は痛んだ。
こんなふうに素直に話すことがもう一度出来たなら。こんなふうに何のわだかまりもなく言葉に出来るのならと。
美月の想いを知った今となっては、私はどう彼に対し振舞えばいいのだろう。
覚悟を決めて素直になろうと決めて来たはずなのに、美月と朋也の笑顔を見ていると決心が鈍っていくのが分かった。
ささくれだった思いがまた胸に突き刺さってくる。
そのときだった。エントランス内にいた人影に気付いた朋也の視線が自分を射た。
びくりと体が震える。声を掛けないと。ごめんなさいと言わなくっちゃ……。
胸の中ではそう思っているのに、体が口が動かない。
あぁ、また素直になれない。心がどんどんとささくれ立ってくる。
紗月は震えながら、朋也の視線から目を逸らすことしか出来なかった。
助手席側の窓が静かに降りる。ガラス越しではなく、朋也の顔がハッキリと紗月の瞳に映った。
「あ、紗月さん。ちょうど良かった。俺、紗月さんに会いに来たんだ。一緒に星空を見に行こうよ」
「……」
涙がポロリと出てきた。その一粒が頬を伝い、足元にぽとりと落ちていった。
その瞬間、涙は堰を切ったように溢れ出て止まらなくなった。
どうして? どうしてそんなに優しい言葉を掛けてくれるの。
怒っていないの? 私、あなたにひどいことをしたのよ。居留守を使ったり、メールの返信も電話にも出なかったのに。なのに、会いに来てくれたの? 星空を見に行こうよって誘ってくれるの?
立ち尽くしたまま、ぼろぼろと泣いている紗月を見た朋也は、急いで車から降りて紗月の傍に駆け寄った。
「どうしたの紗月さん、いきなり泣くなんて」
返事が出来ない。涙の止めかたなんて私だって知らない。
嗚咽を漏らしながら、しゃくりあげながら紗月は呟いた。
「ごめ……ごめん……。ごめんな……さい」
涙の向こう側でくすりと笑う朋也の顔が見えた。
「ううん、謝るのは俺のほうだよ。紗月さん、ごめんね。いつも不安にさせて」
その言葉で紗月の心は弾けた。
何のためらいもなく朋也の胸に飛び込んでいた。そして、胸の中で泣きじゃくった。
もし、この娘のように想いを素直に出来ていたら?
もし、朋也がこの可愛い義妹を選んだら?
もし、明日から朋也が目の前からいなくなったら……。
この娘は自分の想いを押し殺してまでここに来てくれた。私と義兄のことを心配してくれて。
どうして? どうしてそんなことが出来るの? だから、つい言葉が口から出ていた。
「どうして……、どうしてそこまで思ってくれるの」
涙を拭った美月が毅然としてそれに答えた。
「私だってお兄ちゃんが好きだから。紗月さんに負けないくらいにお兄ちゃんが好きだから。好きな人に幸せになって欲しいから。ただそれだけ」
美月の目から涙が溢れ出て零れ落ちる。
その様を紗月は身動き一つ取れずに瞳に映しているだけだった。
そしてもう一度、涙を拭った美月が呟いた。
「あーぁ、もう計画が台無し。こんなはずじゃなかったのに」
「……え? 計画って……」
美月は目を赤くしたまま、泣き笑いをしてみせた。
「上手く恋敵を演じて紗月さんを挑発して、本音を引き出してお兄ちゃんのとこへ行かせようと思っていたのに。だめだな、本音が出ちゃった。ホントに台無し」
「……美月ちゃん」
「ホントに私が先に本音を言ってどうするんだって感じ。でも、もう仕方ないから単刀直入に伺います」
紗月は息を呑んで美月の言葉を待った。
「お兄ちゃんを私に取られたいですか? それとも見知らぬ誰かにですか? 紗月さんはそれでもいいんですか」
美月はたじろぐことなく紗月を見つめる。紗月は静かに首を横に振った。
「誰にも渡したくないし、取られたくもないわ。私は誰にも負けないくらいに彼が好きだから」
美月はほっとしたような溜息をひとつ吐いて、頭を下げた。
「紗月さん、ごめんなさい。生意気なことばかり言って。でも、紗月さんの正直な気持ちが聞けて安心しました。兄と仲直りしてください。妹からのお願いです」
やおら美月は携帯電話を取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。紗月は何も言えずにただ、美月の行動を見守ることしかできなかった。
いや、どうしていいのかが分からなかった。
美月の涙。美月の本音。そして、美月の義兄を思いやる気持ちに圧倒されて、ほんとうに何と言っていいのか、どうしたらいいのかまったく分からなかった。
「あ、私。紗月さんのマンションの前まで迎えに来てくれたら嬉しいな。……うん、うん。友だちもお父さんが迎えに来るんだって。うん、じゃ待ってるから」
「今の電話……、朋くんなの?」
「もちろん。紗月さん、エントランスに行きましょう」
紗月は慌てふためいた。
「ちよっと待って。私、気持ちの整理が出来ていない。それに今更、どんな顔して朋くんに会えばいいのか……」
「ごめんなさいっ‼ って、言えばいいだけ。お兄ちゃん、そこまで分からず屋じゃないわ」
「でも……」
「誰にも負けないくらいお兄ちゃんが好きなんでしょ? 素直にそう伝えれば万事オッケーです」
紗月には小さくウィンクして見せた美月の顔が大人びて見えた。
なんてステキな娘なんだろう。なんてステキな義妹なんだろう。負けてはいられない。
年上とか年下とか関係ない。私もこんなステキな、素直な女性にならないと。
「うん……。美月ちゃんの言う通りだね」
何かを吹っ切ったのか、紗月も照れ臭そうにウィンクをして見せる。二人はくすくすと無邪気に笑いあっていた。
時間を見計らって紗月と美月の二人はマンションのエントランスに降りて、道行く人や流れていく車をただ静かに眺めていた。
二、三分くらい経ったころ、ともに見覚えのある四輪駆動車、黒いハイラックスサーフがマンション前で速度を緩め、静かに車寄せへと滑り込んできた。すぐに車寄せへと走り、運転席へと駆け寄ったのは美月だった。
「お兄ちゃん、呼び出したりしてごめんね」
美月の声と同時に運転席の窓がゆっくりと開く。
「いや、そろそろ迎えに行こうかと思っていたところだったから」
仲睦まじそうに話す美月と朋也を見ると、紗月の胸は痛んだ。
こんなふうに素直に話すことがもう一度出来たなら。こんなふうに何のわだかまりもなく言葉に出来るのならと。
美月の想いを知った今となっては、私はどう彼に対し振舞えばいいのだろう。
覚悟を決めて素直になろうと決めて来たはずなのに、美月と朋也の笑顔を見ていると決心が鈍っていくのが分かった。
ささくれだった思いがまた胸に突き刺さってくる。
そのときだった。エントランス内にいた人影に気付いた朋也の視線が自分を射た。
びくりと体が震える。声を掛けないと。ごめんなさいと言わなくっちゃ……。
胸の中ではそう思っているのに、体が口が動かない。
あぁ、また素直になれない。心がどんどんとささくれ立ってくる。
紗月は震えながら、朋也の視線から目を逸らすことしか出来なかった。
助手席側の窓が静かに降りる。ガラス越しではなく、朋也の顔がハッキリと紗月の瞳に映った。
「あ、紗月さん。ちょうど良かった。俺、紗月さんに会いに来たんだ。一緒に星空を見に行こうよ」
「……」
涙がポロリと出てきた。その一粒が頬を伝い、足元にぽとりと落ちていった。
その瞬間、涙は堰を切ったように溢れ出て止まらなくなった。
どうして? どうしてそんなに優しい言葉を掛けてくれるの。
怒っていないの? 私、あなたにひどいことをしたのよ。居留守を使ったり、メールの返信も電話にも出なかったのに。なのに、会いに来てくれたの? 星空を見に行こうよって誘ってくれるの?
立ち尽くしたまま、ぼろぼろと泣いている紗月を見た朋也は、急いで車から降りて紗月の傍に駆け寄った。
「どうしたの紗月さん、いきなり泣くなんて」
返事が出来ない。涙の止めかたなんて私だって知らない。
嗚咽を漏らしながら、しゃくりあげながら紗月は呟いた。
「ごめ……ごめん……。ごめんな……さい」
涙の向こう側でくすりと笑う朋也の顔が見えた。
「ううん、謝るのは俺のほうだよ。紗月さん、ごめんね。いつも不安にさせて」
その言葉で紗月の心は弾けた。
何のためらいもなく朋也の胸に飛び込んでいた。そして、胸の中で泣きじゃくった。