Last quarter
Vol.9
その光景をサーフの運転席付近で溜息交じりに美月は眺めていた。
あーぁ、妹を前にしてラブシーン見せてくれるなんて。せめて車の中でとか、誰もいない星空の下でやって欲しいわよね。ちょっと妬けるけど仕方ないか……と、美月は思っていた。
「じゃあね、お兄ちゃん。私、バスで帰るから。紗月さんと仲直りしてきて」
そう朋也に投げ掛けて、美月は踵を返しバス停へと歩き始めた。後ろを振り返らずに。
後方で朋也が家まで送るからちょっと待てとか、何かを言っていたが後ろ向きのまま手を振ってそれに応える。
泣いている彼女と一緒に車に乗って家まで送ってもらうなんて野暮なコトが出来るわけないでしょ。
まったく女心の分からない鈍感、にぶちん男なんだからと、心の中だけで悪態を吐く。
まぁ、紗月さんの前で泣いたことも本音を晒したことも計画通り。
アカデミー主演女優賞ものの演技だったなと独り言ちる。
― バイバイ、私の初恋。お兄ちゃんも紗月さんも幸せになってね。
歩きながら一人、そう美月は呟いた。
「あーぁっと。私も夜空を見ながら誰かと語り合いたい気分になってきたな」
美月ははっと思いつき、すぐに携帯電話を取り出して何処かへと電話を掛ける。
「あ、もしもし。遥さん? 私、美月です」
「あれ、美月ちゃん。どうしたの」
「私、夜空を見ながら遥さんに愚痴を聞いてもらいたいの。そう、今夜にでも。ペガサスにも会いたいし」
「ご両親の許可が出るなら構わないよ。美月ちゃんが来るなら父もペガサスも喜ぶと思うな」
「やったぁ! じゃあ、遥さん。我儘だけど今から迎えに来て欲しいな」
ちゃっかりと話相手、愚痴相手を見つける美月だった。
美月が最寄りのバス停へと歩いて行く後姿を心配そうに見送っていた朋也だったが、後で電話なりメールなりでキチンと家まで帰ったかを確認しておこう。今は自分の腕の中にいる紗月が愛しかった。
しかし、いつまでもマンションのエントランス前で抱き合っているのは非常にマズい。現に帰宅途中の何人かが興味深げにちらちらと視線を寄せてくる。
「えっと、紗月さん。取り敢えず車に乗って美空公園に行こうよ」
「うん……。ごめんね、ずっと泣いてばかりで」
紗月は車に乗り込むと、盛大にティッシュで鼻をかむ。
あぁ、こんなふうに飾らないとこが又、いいとこなんだよなと朋也は助手席の紗月を見つめていた。
しばらくして二人を乗せたサーフは美空公園に到着した。管理人専用の駐車場に車を置き、ゆっくり歩きながら頂上へと向かう。
幸い、今夜も園内には誰もいなかった。車に積んであったレジャーシートを広げ、二人してそこに寝転んだ。紗月も何時しか泣き止んでいる。
二人で星空を見上げた。
天空には夏の星座たちが輝いている。天の川を挟んでアルタイルとデネブ。そしてベガが夏の大三角を描いている。
朋也も紗月も口を開かない。言葉を交わさなくても、心の中が満たされていた。
素直になって素直に謝れた自分。曝け出した気持ちと思い切り泣けた自分。お互い相手に対して胸の内を伝えることが出来たのだと感じていた。
しばらくの間、二人は静かに夜空を見上げていたが、紗月がそっと寝返りを打って朋也の胸に頬を預けた。
「何だか帰りたくないな……。朝までこうしていたい」
紗月が何気なく呟いたその一言は、朋也にとって最高の殺し文句だった。朋也は無意識のうちに彼女の身体を二の腕で思い切り引き寄せていた。
― な……に?
そう動きかけた柔らかな唇をいきなり塞いだ。
抱きしめられた紗月の身体が一瞬強張る。両手が胸に当てられ、逃げようとする彼女を更にきつく抱きしめる。
抗うように紗月は顔を背けようとしたが、朋也の唇はそれを許さなかった。
紗月の両手が着ているシャツをきつく掴む。しかしその両手はやがて力を失うと、ゆっくりと朋也の背に廻された。しがみつくような腕の強さから例えようのない愛しさが感じられる。朋也は軽く唇を離し、囁いた。
「好きだよ。どうしようもないくらいに」
すると紗月の唇が震えながらゆっくりと動いた。それは声にはならなかったが、動きだけで分かる言葉だった。
― ダイスキ……。
お互いの腕がお互いの身体を強く抱き寄せたあと、朋也はもう一度、紗月の唇をそっと塞いでいた。
……………………………………………………
三週間後の下弦の月の夜。朋也は紗月にプロポーズをする。
大好きな月が見守る夜空の下、大好きな紗月へありったけの想いを込めて……。
last quarter 了
あーぁ、妹を前にしてラブシーン見せてくれるなんて。せめて車の中でとか、誰もいない星空の下でやって欲しいわよね。ちょっと妬けるけど仕方ないか……と、美月は思っていた。
「じゃあね、お兄ちゃん。私、バスで帰るから。紗月さんと仲直りしてきて」
そう朋也に投げ掛けて、美月は踵を返しバス停へと歩き始めた。後ろを振り返らずに。
後方で朋也が家まで送るからちょっと待てとか、何かを言っていたが後ろ向きのまま手を振ってそれに応える。
泣いている彼女と一緒に車に乗って家まで送ってもらうなんて野暮なコトが出来るわけないでしょ。
まったく女心の分からない鈍感、にぶちん男なんだからと、心の中だけで悪態を吐く。
まぁ、紗月さんの前で泣いたことも本音を晒したことも計画通り。
アカデミー主演女優賞ものの演技だったなと独り言ちる。
― バイバイ、私の初恋。お兄ちゃんも紗月さんも幸せになってね。
歩きながら一人、そう美月は呟いた。
「あーぁっと。私も夜空を見ながら誰かと語り合いたい気分になってきたな」
美月ははっと思いつき、すぐに携帯電話を取り出して何処かへと電話を掛ける。
「あ、もしもし。遥さん? 私、美月です」
「あれ、美月ちゃん。どうしたの」
「私、夜空を見ながら遥さんに愚痴を聞いてもらいたいの。そう、今夜にでも。ペガサスにも会いたいし」
「ご両親の許可が出るなら構わないよ。美月ちゃんが来るなら父もペガサスも喜ぶと思うな」
「やったぁ! じゃあ、遥さん。我儘だけど今から迎えに来て欲しいな」
ちゃっかりと話相手、愚痴相手を見つける美月だった。
美月が最寄りのバス停へと歩いて行く後姿を心配そうに見送っていた朋也だったが、後で電話なりメールなりでキチンと家まで帰ったかを確認しておこう。今は自分の腕の中にいる紗月が愛しかった。
しかし、いつまでもマンションのエントランス前で抱き合っているのは非常にマズい。現に帰宅途中の何人かが興味深げにちらちらと視線を寄せてくる。
「えっと、紗月さん。取り敢えず車に乗って美空公園に行こうよ」
「うん……。ごめんね、ずっと泣いてばかりで」
紗月は車に乗り込むと、盛大にティッシュで鼻をかむ。
あぁ、こんなふうに飾らないとこが又、いいとこなんだよなと朋也は助手席の紗月を見つめていた。
しばらくして二人を乗せたサーフは美空公園に到着した。管理人専用の駐車場に車を置き、ゆっくり歩きながら頂上へと向かう。
幸い、今夜も園内には誰もいなかった。車に積んであったレジャーシートを広げ、二人してそこに寝転んだ。紗月も何時しか泣き止んでいる。
二人で星空を見上げた。
天空には夏の星座たちが輝いている。天の川を挟んでアルタイルとデネブ。そしてベガが夏の大三角を描いている。
朋也も紗月も口を開かない。言葉を交わさなくても、心の中が満たされていた。
素直になって素直に謝れた自分。曝け出した気持ちと思い切り泣けた自分。お互い相手に対して胸の内を伝えることが出来たのだと感じていた。
しばらくの間、二人は静かに夜空を見上げていたが、紗月がそっと寝返りを打って朋也の胸に頬を預けた。
「何だか帰りたくないな……。朝までこうしていたい」
紗月が何気なく呟いたその一言は、朋也にとって最高の殺し文句だった。朋也は無意識のうちに彼女の身体を二の腕で思い切り引き寄せていた。
― な……に?
そう動きかけた柔らかな唇をいきなり塞いだ。
抱きしめられた紗月の身体が一瞬強張る。両手が胸に当てられ、逃げようとする彼女を更にきつく抱きしめる。
抗うように紗月は顔を背けようとしたが、朋也の唇はそれを許さなかった。
紗月の両手が着ているシャツをきつく掴む。しかしその両手はやがて力を失うと、ゆっくりと朋也の背に廻された。しがみつくような腕の強さから例えようのない愛しさが感じられる。朋也は軽く唇を離し、囁いた。
「好きだよ。どうしようもないくらいに」
すると紗月の唇が震えながらゆっくりと動いた。それは声にはならなかったが、動きだけで分かる言葉だった。
― ダイスキ……。
お互いの腕がお互いの身体を強く抱き寄せたあと、朋也はもう一度、紗月の唇をそっと塞いでいた。
……………………………………………………
三週間後の下弦の月の夜。朋也は紗月にプロポーズをする。
大好きな月が見守る夜空の下、大好きな紗月へありったけの想いを込めて……。
last quarter 了


