激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
私はおずおずと首を横に振って答える。
「身の危険を証明できるほどの決定的な証拠がないんじゃないかと……思って」
すると、またもやため息をつかれ、委縮する。
「来い。警察署まで車で送る」
「えっ、いえ、それならひとりで」
彼は気だるそうに目を閉じ、苛立ちを滲ませた声音で言う。
「すぐそこにあの男がいるのに、ひとりで出ていってどうするんだよ」
「あっ……」
月舘先生の厚意を遠慮するのに必死で、ちゃんと考える余裕がなかった。
「……ったく。迷惑かけやがって」
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
弱っているタイミングなのもあり、月舘先生に圧倒されて声もしぼむ。私はただ俯くしかなかった。
「はあ? 迷惑かけられてるのは君だろ」
思いもよらない返答にびっくりして、顔を上げた。
月舘先生が自動ドアとは逆方向に歩きだしたため、私もおずおずとあとを追う。
「月舘先生、どちらへ……」
「待ち伏せされてるのをわかってて、わざわざそっちへ行く必要ないだろう。別の出口から出たらいい」
「あっ」
確かに。今回身をもって知ったけど、追いつめられるとまともに思考できなくなるんだな……。
月舘先生についていき、時間外出入口から駐車場へ向かった。
月舘先生の愛車は、きっちりとした彼のイメージ通り、新車同様綺麗に磨かれた黒のスポーツカーだった。
「失礼します……」
私はひとこと断って助手席に乗り込む。
車内も外観同様綺麗で整然としている。さわやかなカーコロンの香りが、唯一ちょっとイメージとは違っていて意外だった。
なんとなく、月舘先生のイメージはもっとこう、エキゾチックで大人っぽい深い香りだと思ったから。
「自宅はどの辺りだ?」
「自宅ですか……?」
警察署に行くんじゃないの……?
なぜか自宅の場所を聞かれて戸惑いを隠せずにいると、月舘先生から呆れ交じりの視線を向けられる。
「君が住んでるところの管轄警察署が一番いいだろ」
「あ、なるほど……すみません。自宅は練馬です」
「なら三十分くらいだな。シートベルトしめとけよ」
「は、はい」
急いでシートベルトを掴み、カチッと音を鳴らしたらすぐに車は動きだした。
いつも仕事が早いと噂の月舘先生は、日常生活でも行動が早いみたい。
いや。そうじゃなくて、今は面倒ごとを早く終わらせて帰りたいんだよね……。
病院の駐車場を出て数分間黙っていたものの、沈黙も落ちつかなくて会話を探る。
「申し訳ありません。仕事後なのに、余計なことに巻き込んでしまって」
私が改めて謝ると、ちょうど赤信号になったらしく車が止まった。
月舘先生は窓枠部分に右藤を置き、頬杖をつくような体勢を取って私を一瞥する。
「本当に。この借りはきっちり返してもらうからな」
「はい……」
ここまでストレートに言われると、むしろそっちのほうが気が楽かも。もしも『気にしないで』とか『全然いいよ』とか言われたとしたら、それはそれでもっと罪悪感が大きくなりそうだ。
「月舘先生は、いつから気づいていたんですか?」
院内で初めて皆藤さんを見た日も、偶然月舘先生が居合わせてはいたけれど……私、よっぽど顔に出してたのかな。
月舘先生は正面を見ながら、淡々と答える。
「あのとき、俺にぶつかってきた直後の君の反応。瞳孔が開いていたし、呼吸も早くて手も汗ばんでいた」
そこで青信号になり、彼はアクセルを踏んだ。
私は月舘先生を凝視する。
まさか、あの場で瞬時に察知したというの?
予想もしない回答に言葉を失う。
「えっと……さすがドクターですね。まさか、そんなふうに気づいただなんて」
「というか、そんなことで判断しなくても顔色がだいぶやばかったけどな。さっきもそういう表情だった。で、外にあの男が見えたってわけだ」
そこまでわかりやすく顔に出るほど、追いつめられていたんだ。
「大体なあ」
月舘先生が、やや苛立ちを感じさせる口調になったものだから、びくっと肩を揺らした。
厳しい言葉を浴びせられると覚悟し、目を閉じた次の瞬間。
「あんな弛んだ仕事するMSWじゃないだろ」
「え……」
「よほどのことがないと、今日みたいなミスはしない。違うか?」
叱咤激励にも似た言葉に、思わず瞼を開ける。
日頃の仕事を評価され、感極まった。
だからこそ、今日のミスは自分でも本当に許せない。
私は勢いよく頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。今後は、仕事に影響を来す前に然るべき対応をするように気をつけます」
月舘先生は、それに対して特に反応しなかった。
それでも、気にならなかった。さっきの言葉が、ずっと胸に残っているから。
そのあとはこれといった会話もなく、目的地に着くまでただ窓の外を眺めていた。
警察署に着くと、エンジンを切って月舘先生もシートベルトを外し始めたものだから動揺する。
「えっ。あの、私ひとりででも……」
「いい。乗りかかった舟だ。俺も行く」
てっきり警察署で下ろしてもらって終わりと思っていたら、月舘先生もついてきてくれた。
驚きと申し訳なさがあったけれど、本音を言うと誰かがいてくれて心強かった。
「身の危険を証明できるほどの決定的な証拠がないんじゃないかと……思って」
すると、またもやため息をつかれ、委縮する。
「来い。警察署まで車で送る」
「えっ、いえ、それならひとりで」
彼は気だるそうに目を閉じ、苛立ちを滲ませた声音で言う。
「すぐそこにあの男がいるのに、ひとりで出ていってどうするんだよ」
「あっ……」
月舘先生の厚意を遠慮するのに必死で、ちゃんと考える余裕がなかった。
「……ったく。迷惑かけやがって」
「すみません。ご迷惑をおかけして……」
弱っているタイミングなのもあり、月舘先生に圧倒されて声もしぼむ。私はただ俯くしかなかった。
「はあ? 迷惑かけられてるのは君だろ」
思いもよらない返答にびっくりして、顔を上げた。
月舘先生が自動ドアとは逆方向に歩きだしたため、私もおずおずとあとを追う。
「月舘先生、どちらへ……」
「待ち伏せされてるのをわかってて、わざわざそっちへ行く必要ないだろう。別の出口から出たらいい」
「あっ」
確かに。今回身をもって知ったけど、追いつめられるとまともに思考できなくなるんだな……。
月舘先生についていき、時間外出入口から駐車場へ向かった。
月舘先生の愛車は、きっちりとした彼のイメージ通り、新車同様綺麗に磨かれた黒のスポーツカーだった。
「失礼します……」
私はひとこと断って助手席に乗り込む。
車内も外観同様綺麗で整然としている。さわやかなカーコロンの香りが、唯一ちょっとイメージとは違っていて意外だった。
なんとなく、月舘先生のイメージはもっとこう、エキゾチックで大人っぽい深い香りだと思ったから。
「自宅はどの辺りだ?」
「自宅ですか……?」
警察署に行くんじゃないの……?
なぜか自宅の場所を聞かれて戸惑いを隠せずにいると、月舘先生から呆れ交じりの視線を向けられる。
「君が住んでるところの管轄警察署が一番いいだろ」
「あ、なるほど……すみません。自宅は練馬です」
「なら三十分くらいだな。シートベルトしめとけよ」
「は、はい」
急いでシートベルトを掴み、カチッと音を鳴らしたらすぐに車は動きだした。
いつも仕事が早いと噂の月舘先生は、日常生活でも行動が早いみたい。
いや。そうじゃなくて、今は面倒ごとを早く終わらせて帰りたいんだよね……。
病院の駐車場を出て数分間黙っていたものの、沈黙も落ちつかなくて会話を探る。
「申し訳ありません。仕事後なのに、余計なことに巻き込んでしまって」
私が改めて謝ると、ちょうど赤信号になったらしく車が止まった。
月舘先生は窓枠部分に右藤を置き、頬杖をつくような体勢を取って私を一瞥する。
「本当に。この借りはきっちり返してもらうからな」
「はい……」
ここまでストレートに言われると、むしろそっちのほうが気が楽かも。もしも『気にしないで』とか『全然いいよ』とか言われたとしたら、それはそれでもっと罪悪感が大きくなりそうだ。
「月舘先生は、いつから気づいていたんですか?」
院内で初めて皆藤さんを見た日も、偶然月舘先生が居合わせてはいたけれど……私、よっぽど顔に出してたのかな。
月舘先生は正面を見ながら、淡々と答える。
「あのとき、俺にぶつかってきた直後の君の反応。瞳孔が開いていたし、呼吸も早くて手も汗ばんでいた」
そこで青信号になり、彼はアクセルを踏んだ。
私は月舘先生を凝視する。
まさか、あの場で瞬時に察知したというの?
予想もしない回答に言葉を失う。
「えっと……さすがドクターですね。まさか、そんなふうに気づいただなんて」
「というか、そんなことで判断しなくても顔色がだいぶやばかったけどな。さっきもそういう表情だった。で、外にあの男が見えたってわけだ」
そこまでわかりやすく顔に出るほど、追いつめられていたんだ。
「大体なあ」
月舘先生が、やや苛立ちを感じさせる口調になったものだから、びくっと肩を揺らした。
厳しい言葉を浴びせられると覚悟し、目を閉じた次の瞬間。
「あんな弛んだ仕事するMSWじゃないだろ」
「え……」
「よほどのことがないと、今日みたいなミスはしない。違うか?」
叱咤激励にも似た言葉に、思わず瞼を開ける。
日頃の仕事を評価され、感極まった。
だからこそ、今日のミスは自分でも本当に許せない。
私は勢いよく頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。今後は、仕事に影響を来す前に然るべき対応をするように気をつけます」
月舘先生は、それに対して特に反応しなかった。
それでも、気にならなかった。さっきの言葉が、ずっと胸に残っているから。
そのあとはこれといった会話もなく、目的地に着くまでただ窓の外を眺めていた。
警察署に着くと、エンジンを切って月舘先生もシートベルトを外し始めたものだから動揺する。
「えっ。あの、私ひとりででも……」
「いい。乗りかかった舟だ。俺も行く」
てっきり警察署で下ろしてもらって終わりと思っていたら、月舘先生もついてきてくれた。
驚きと申し訳なさがあったけれど、本音を言うと誰かがいてくれて心強かった。