激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
 食事を終えると、月舘先生は再び書斎にこもっていた。
 私がバスルームを借りて出たあともリビングは暗かったから、月舘先生はまだ書斎にいるのだとわかった。
 一応、今日のお礼とおやすみの挨拶をしようと思ったんだけど仕事中かな。だけど、挨拶だけだし、声をかけてもいいよね? 月舘先生が手を離せなそうだったら、ドア越しでもいいし。
 心の中で「よし」とつぶやき、書斎の前に移動しドアをノックした。けれども、返答がない。
 仕事に集中しているのか、それとも寝落ちしているとか? まさか、緊急事態ではないよね……?
 不慮の事故の可能性が頭をよぎり、途端にそわそわ落ちつかなくなる。
 ドアに耳を寄せてみると、一瞬話し声のようなものが聞こえた気がした。
 倒れてはいなさそう。立て込んでいるなら遠慮したほうがいいかな?
 あれこれ考えていた次の瞬間、目の前のドアが開く。
 私は驚きすぎて声も出せず、固まった。
「有津さん」
 神妙な面持ちで改まって名前を呼ばれたら、背筋を伸ばさずにはいられない。
「は……はい」
 月舘先生は片手にスマホを持って、神妙な面持ちで立っていた。
 恐る恐る彼を見据えると、彼は真剣な声色で尋ねてくる。
「今、恋人は? もしくは、意中の相手は」
「え? どちらもいませんが……」
 なに? 急に。真面目な顔で聞くような質問?
 意中の人なんかいないし、恋人なんて……大学時代が最後だったかも。
 就職してからは、ブラックすぎてそんな暇も心の余裕もまるでなかったから。
 月舘先生からの質問に戸惑いを隠せずにいると、彼はどこか安堵した表情を見せた気がした。
 そして、首を傾(かし)げる私に彼は思いもよらない発言をする。
「さっき言ってた〝借り〟――返してくれないか」
「……え?」
 あまりに唐突で、一瞬思考が止まった。
 確かに、借りは返しますと伝えた。『期待してない』と言われたけれど、その気持ちは嘘じゃない。でも、月舘先生も遠慮や気遣いなどではなく、本心で『別にいい』と言っていたと思う。
 違和感を抱きつつも、月舘先生が一転して催促するような言葉を口にしたのには、この短時間になにかあったとしか考えられなかった。
 月舘先生はどこか切羽詰まったような顔をしているものだから、こちらもなんだか気持ちが煽(あお)られる。
「なにかあったんですか?」
 月舘先生が私に頼むなんて、よっぽどじゃ……。だって、大抵のことは自分で解決できるだろうから。
「俺の婚約者として振る舞ってほしい」
 超絶クールな月舘先生らしからぬ発言に、たまらず言葉を失った。
 彼は決してジョークを言うようなタイプではない。現に、ずっと真剣だ。
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