激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
 今日もいつも通り残業をして、一段落したのは午後七時前。
 日中はほぼ電話対応に手を取られるため、事務作業は午後五時以降に取りかかることが多い。職業柄、処理しなければならない書類が山のようにあるので、どうしても日々の残業は免れないのだ。
 とはいえ、今の職場は残業手当てもちゃんと出るから、助かっている。
 職員玄関を出て、数時間ぶりの外の空気を胸いっぱいに吸う。ふいに見上げた視界の先に幻想的な色の空が広がっていて、思わず意識を奪われた。
「きれー……」
 いわゆるマジックアワーというやつだ。鮮やかな赤色から落ちついた群青色へのコントラストが美しい。
 わずかな時間しか見られない景色を、夢中で見届けていたとき。
「おい。いつまで突っ立ってるんだ。邪魔」
 背後から低い声が飛んできて、勢いよく振り返る。
「つっ、月舘先生。あ! すす、すみません!」
 私は慌てて飛びのくように、脇によけた。
 ぼーっとしていて、自動ドアの目の前に立ちっぱなしだった。よりにもよって、月舘先生に指摘されるなんて。ああ、月舘先生の眉間に深い皺が……。仕事中ならまだしも、今は完全に気を抜いていたからテンパっちゃう。
 狼狽えていると、月舘先生が短いため息をつく。
「ぼけっとしたまま帰るなよ。事故にでもなったら多方面に迷惑がかかるだろ」
「はっ、はい! 気をつけます」
 姿勢を正して返事をするなり、彼は颯爽と行ってしまった。
「ふう」と息を漏らし、月舘先生を見る。月舘先生は、あっという間に姿が見えなくなっていた。
「ああ、びっくりした」
 ぽつりとつぶやき、さっき言われた言葉を反芻する。
 あれ……さっきの『多方面に迷惑が』って、もしかして嫌みじゃ?
 ふとそんなことに気づき、乾いた笑いをこぼす。
〝冷淡な態度のように思えるけど嫌みは言わない〟なんて思っていたけれど、そんなこともなかったかも。とはいえ、前の職場みたいに見下されている感じはまったくないから、嫌な気分になったり暗い気持ちになったりはしない。
 そう考えたら、月舘先生ってなんだか不思議なドクターだな。
「さ。帰ろ帰ろ」
 私は頭を切り替え、帰路につく。
 今日は疲れていて料理する気力が残っていないし、途中でお弁当を買っちゃおう。
 自宅アパートの最寄り駅で降りたあと、コンビニエンスストアに立ち寄ってお弁当お購入した。
 スマートフォンで決済した際に、SNSアプリに通知マークがあることに気づく。
 店外に出てアプリを開いてみると、コメントではなくてDMだった。
【突然失礼します。医療や福祉のボランティア活動に興味があり、DMをしました。都内での活動予定をお伺いできたらと思うのですが】
 しまった。再就職してからほとんど動かせていないアカウントがそのままだった。
 これはボランティア活動を通じて知り合った人から、医療や福祉のボランティア活動普及を広めたいので、可能な範囲で情報発信を手伝ってほしいと言われ、立ち上げたアカウントだ。
 自分が参加したときだけ不定期で投稿していた程度だから、フォロワーもほとんどいなくてコメントも関係者からしかついたことがなかった。
< 4 / 21 >

この作品をシェア

pagetop