激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
なに? 私、なにかした? いや、確かに月舘先生にぶつかってしまったけれど、どうして手も離さず、なにも言わないのかがわからない。
困惑している間も、月舘先生は私の目をじっと見るだけで、ますます緊張する。
それから、月舘先生は視線を私の後方へと移した。
「こちらのスタッフに、なにかご用が?」
月舘先生が皆藤さんに話しかけたことには、気まずさよりも安堵のほうが勝っていた。それは、誰かが介入してくれた安心感だ。
皆藤さんは焦りも見せずにいつも通り、物腰柔らかな雰囲気で名刺を差し出す。
「わたくし『介護施設みこしばメディカルライフ』の渉外担当、皆藤と申します」
月舘先生はこのときやっと私の手を離し、名刺を受け取った。
「みこしば……? このあたりの施設ではないですね」
「弊社は神奈川県に本社を構えておりますが、東京二十三区西部にも施設を展開し、有津さんには以前のお勤め先でもお世話になっていたんです」
皆藤さんは笑顔を崩さず、さらに続ける。
「ゆくゆくは都内全域へと事業展開を計画しております。こちらの病院は都内でも大きな規模なので、今後お役に立てる場面が出てくるのではないか……と、ご挨拶に伺いました」
月舘先生は名刺をじっくり見たあと、再び皆藤さんを捉える。
「そうですか。しかし、申し訳ありませんが彼女も今は休憩中なので。挨拶だけでしたらこれで。詳しい話があるようなら、改めてアポ取りしてください。では」
月舘先生は淡々と言って、私が落としたペットボトルのコーヒーを拾い上げる。そして、こちらに差し出した。
「ほら、行くぞ」
「え……。はっ、はい!」
私は慌ててペットボトルを受け取って、月舘先生の後ろを小走りで追いかけた。
皆藤さんから完全に離れたところで、月舘先生の背中に声をかける。
「あ、あの……」
『ありがとうございます』と口にしかけたものの、言えなかった。
だって、月舘先生にしたら『どうしてお礼を?』と思うだろうから。
「渉外担当、皆藤裕ね……。何度か来てるのか?」
月舘先生はこちらを見ず、さっき受け取った名刺を見ながら聞いてくる。
「いえ……。以前の職場にはよく……」
この病院に来たのが何度目なのかは、わからない。ただ、私がここで会うのは今日が初めてだ。
月舘先生は足を止め、私を横目で見る。
向けられた視線は、なんだか居心地の悪いものだった。
「へえ。よほど慕われているんだな」
「そういうわけじゃ……!」
誤解を生む答え方をしてしまった。どうしよう。違うのに、気持ちばかり焦ってうまく説明ができない。皆藤さんと親しいように思われるのだけは絶対に避けたい。
でも、なんて言えばいい?『ストーカーされている気がするんです』とか言えないよ。まだ明確になにかされたわけでもないのに。まして、相手は月舘先生だもの。業務以外の話なんか、嫌な顔されるだけ。ううん。冷ややかにスルーされる可能性も大いにある。
私は吐き出したい気持ちをグッとのみ込んだ。
「いえ。ともかく、突然で困っていたので助かりました」
咄嗟に視線を少し下げたとき、月舘先生が口を開く。
「六一〇の道下さん、食が細くなってきてるから明後日ポート造設することになった。当初の予定より長期療養できるよう調整しておいて」
突然の業務連絡に、頭の中が一瞬混乱する。しかし、どうにか意識を切り替え、ポケットからメモを出してペンを走らせた。
「わかりました」
私が返事をすると、彼は颯爽と去っていった。
通常運転の月舘先生に、心のどこかでほっとしている自分がいた。
困惑している間も、月舘先生は私の目をじっと見るだけで、ますます緊張する。
それから、月舘先生は視線を私の後方へと移した。
「こちらのスタッフに、なにかご用が?」
月舘先生が皆藤さんに話しかけたことには、気まずさよりも安堵のほうが勝っていた。それは、誰かが介入してくれた安心感だ。
皆藤さんは焦りも見せずにいつも通り、物腰柔らかな雰囲気で名刺を差し出す。
「わたくし『介護施設みこしばメディカルライフ』の渉外担当、皆藤と申します」
月舘先生はこのときやっと私の手を離し、名刺を受け取った。
「みこしば……? このあたりの施設ではないですね」
「弊社は神奈川県に本社を構えておりますが、東京二十三区西部にも施設を展開し、有津さんには以前のお勤め先でもお世話になっていたんです」
皆藤さんは笑顔を崩さず、さらに続ける。
「ゆくゆくは都内全域へと事業展開を計画しております。こちらの病院は都内でも大きな規模なので、今後お役に立てる場面が出てくるのではないか……と、ご挨拶に伺いました」
月舘先生は名刺をじっくり見たあと、再び皆藤さんを捉える。
「そうですか。しかし、申し訳ありませんが彼女も今は休憩中なので。挨拶だけでしたらこれで。詳しい話があるようなら、改めてアポ取りしてください。では」
月舘先生は淡々と言って、私が落としたペットボトルのコーヒーを拾い上げる。そして、こちらに差し出した。
「ほら、行くぞ」
「え……。はっ、はい!」
私は慌ててペットボトルを受け取って、月舘先生の後ろを小走りで追いかけた。
皆藤さんから完全に離れたところで、月舘先生の背中に声をかける。
「あ、あの……」
『ありがとうございます』と口にしかけたものの、言えなかった。
だって、月舘先生にしたら『どうしてお礼を?』と思うだろうから。
「渉外担当、皆藤裕ね……。何度か来てるのか?」
月舘先生はこちらを見ず、さっき受け取った名刺を見ながら聞いてくる。
「いえ……。以前の職場にはよく……」
この病院に来たのが何度目なのかは、わからない。ただ、私がここで会うのは今日が初めてだ。
月舘先生は足を止め、私を横目で見る。
向けられた視線は、なんだか居心地の悪いものだった。
「へえ。よほど慕われているんだな」
「そういうわけじゃ……!」
誤解を生む答え方をしてしまった。どうしよう。違うのに、気持ちばかり焦ってうまく説明ができない。皆藤さんと親しいように思われるのだけは絶対に避けたい。
でも、なんて言えばいい?『ストーカーされている気がするんです』とか言えないよ。まだ明確になにかされたわけでもないのに。まして、相手は月舘先生だもの。業務以外の話なんか、嫌な顔されるだけ。ううん。冷ややかにスルーされる可能性も大いにある。
私は吐き出したい気持ちをグッとのみ込んだ。
「いえ。ともかく、突然で困っていたので助かりました」
咄嗟に視線を少し下げたとき、月舘先生が口を開く。
「六一〇の道下さん、食が細くなってきてるから明後日ポート造設することになった。当初の予定より長期療養できるよう調整しておいて」
突然の業務連絡に、頭の中が一瞬混乱する。しかし、どうにか意識を切り替え、ポケットからメモを出してペンを走らせた。
「わかりました」
私が返事をすると、彼は颯爽と去っていった。
通常運転の月舘先生に、心のどこかでほっとしている自分がいた。