妹を監禁するはずの悪役から、なぜか溺愛執着されています
別荘の前に、一台の黒塗りの高級な馬車が停車していた。
おかしい、来客なんて、珍しい。それに、訪ねてくる客に心当たりなどなかった。
静かに別荘の扉を開けるとこちらを振り返ったのは、初老の物腰の柔らかい紳士だった。私を視界に入れると、にっこりと微笑んだ。
「リゼット・グリフ様でしょうか」
「はい、そうですが……」
警戒しながら返答すると相手は深く頭を下げた。
「申し遅れました。私、ハモンド家で執事長を務めております、リチャードと申します」
ハモンド家!?
喉の奥からイヒッと変な声が出かかったが、必死でこらえた。
「先日、エディア様がリゼット様にお世話になったそうですね。ハモンド家の方々は深く感謝しておりました」
なっ、なんでばれているの……!!
名乗らず走り去ったし、あの場に知り合いは一人もいなかったはず。そっちの方がびっくりだわ。
「早速、本題に入らせていただきますー―」
リチャードは胸元から一通の封書を取り、スッと差しだした。
「エディア様の親族であられるジェラール様が、ぜひ感謝の気持ちを伝えたいとのことで、こちらを預かっております」
ハモンド家の捺印が堂々と押された封書を手にするリチャードを見つめ、ごくりと喉が鳴る。
「来週、開催される舞踏会に、ぜひ参加していただきたいです」
お、終わった……!!
ハモンド家……エディアルド……舞踏会……。
不吉を連想させる単語が脳裏を過ぎ去っていく。
でも、まだよ。ここで行ってなるものですか!!
「ハモンド家の舞踏会にご招待いただき、ありがとうございます」
私は堂々と作り笑いを見せた。
「ですが、申し訳ありません。ここは妹の休養に来ておりますので、私一人が遊んではいられませんわ。妹の側についていたいのです」
リチャードは私が言おうとしたことを理解したのだろう、眉根を下げた。
「なので、ジェラール様にもお伝えくださいませ。どうぞ、気になさらないで下さい。お気遣いは不要ですから」
誰が行くかよ、罠が張り巡らされているかもしれない舞踏会なんて!
「そうですか。事情が事情でしょうし、やむを得ないでしょう。帰ってジェラール様にお伝えします」
よっし!! 心の中でガッツポーズを決めた。
もう、帰ってくれ。そして二度と来ないでくれとまで、伝えたいところだ。
「行ってらして、お姉さま」
その時、エントランスフロアの階段から声が聞こえた。顔を上げるとそこにいたのはシアナだった。
「私、最近はとても体調がいいの知っているでしょう? 私のために、お姉さまには我慢して欲しくないの」
いや、私は心の底から行きたくないの!!
まさか味方のはずのシアナから、背後から撃たれるとは思っておらず、私は焦った。
「でも、私一人では行けないわ。シアナになにかあってからでは遅いもの」
頼む、これで納得してくれ。姉妹愛を引き裂かないでくれ。
「でしたら、お二人で参加なさってはいかがでしょうか」
この期に及んで、一番いらない案を出したリチャードの口を封じたい。
ダメだ、それだけは絶対に許すことができない。仮に出席の返事をしていても当日、体調不良でぶっちぎるわ。
断固として反対の態度を崩さずにいると、リチャードがうなずいた。
「わかりました。ジェラール様は出席が難しいようであれば、直接お礼を言いに訪ねるとおっしゃっておりましたので――」
「あ、やっぱり参加します」
返答するとリチャードの顔が輝いた。
ジェラールがこの別荘を直接訪ねてくるだって? それこそ、冗談じゃない。絶対にシアナと接点を持たせたくはないし、お互いに面識を持っては、良い方に進まない。
ましてやジェラールがエディアルド本人を連れてきたとしたら――。
想像すると背筋がゾッとした。それぐらいなら、私が舞踏会に顔を出し、挨拶を交わしてすぐに帰宅したほうが、危険が少ない。
エディアルドが興味を示すのは、シアナなのだから。
「では来週、お迎えにあがりますので、よろしくお願いします」
リチャードは無事に約束を取り付けたことで、ほくほくと上機嫌で帰っていった。
「お姉さま」
……さすが、ハモンド家の有能執事、やるな。当日「具合が悪くなりました」とドタキャンしようと考えていたのが見透かされたのだろうか。わざわざ迎えをよこすだなんて――。
「でも、お姉さま、街でなにかあったの?」
興味しんしんで目を輝かせているシアナに、深くため息をついた。
「変な男に絡まれていた少女を助けたのよ。それでみたい」
「すごい、お姉さま、さすがだわ」
シアナは親切な姉が誇らしいといわんばかりに手を叩いた。
あの時、見捨てておけば良かったと、悔やんでいる私の心中も知らずに。
しかし、私のことを調べたのだろうか。
けどエディアルド本人が調べたとも限らないわよね。エディアルドと接触したすべての人間を調べておくよう、護衛がジェラールに言われたのかもしれないし。
もしエディアルド本人が調べるのに乗り気だったとしたら、恐ろしいことになる。彼の執着は度を越えているから。
でも小説の中でリゼットがエディアルドの手にかかり、命を落としたのは確か十九歳の春だった。
まだ時間は二年ある。だからきっと、今回の舞踏会は無事に終わるはずだ。そうはいっても、シアナだけは絶対に会わせるわけにはいかないけど。
「当日はめいいっぱいおしゃれをして、楽しんできてね」
無邪気なシアナの声に、力なく返事をしたのだった。
おかしい、来客なんて、珍しい。それに、訪ねてくる客に心当たりなどなかった。
静かに別荘の扉を開けるとこちらを振り返ったのは、初老の物腰の柔らかい紳士だった。私を視界に入れると、にっこりと微笑んだ。
「リゼット・グリフ様でしょうか」
「はい、そうですが……」
警戒しながら返答すると相手は深く頭を下げた。
「申し遅れました。私、ハモンド家で執事長を務めております、リチャードと申します」
ハモンド家!?
喉の奥からイヒッと変な声が出かかったが、必死でこらえた。
「先日、エディア様がリゼット様にお世話になったそうですね。ハモンド家の方々は深く感謝しておりました」
なっ、なんでばれているの……!!
名乗らず走り去ったし、あの場に知り合いは一人もいなかったはず。そっちの方がびっくりだわ。
「早速、本題に入らせていただきますー―」
リチャードは胸元から一通の封書を取り、スッと差しだした。
「エディア様の親族であられるジェラール様が、ぜひ感謝の気持ちを伝えたいとのことで、こちらを預かっております」
ハモンド家の捺印が堂々と押された封書を手にするリチャードを見つめ、ごくりと喉が鳴る。
「来週、開催される舞踏会に、ぜひ参加していただきたいです」
お、終わった……!!
ハモンド家……エディアルド……舞踏会……。
不吉を連想させる単語が脳裏を過ぎ去っていく。
でも、まだよ。ここで行ってなるものですか!!
「ハモンド家の舞踏会にご招待いただき、ありがとうございます」
私は堂々と作り笑いを見せた。
「ですが、申し訳ありません。ここは妹の休養に来ておりますので、私一人が遊んではいられませんわ。妹の側についていたいのです」
リチャードは私が言おうとしたことを理解したのだろう、眉根を下げた。
「なので、ジェラール様にもお伝えくださいませ。どうぞ、気になさらないで下さい。お気遣いは不要ですから」
誰が行くかよ、罠が張り巡らされているかもしれない舞踏会なんて!
「そうですか。事情が事情でしょうし、やむを得ないでしょう。帰ってジェラール様にお伝えします」
よっし!! 心の中でガッツポーズを決めた。
もう、帰ってくれ。そして二度と来ないでくれとまで、伝えたいところだ。
「行ってらして、お姉さま」
その時、エントランスフロアの階段から声が聞こえた。顔を上げるとそこにいたのはシアナだった。
「私、最近はとても体調がいいの知っているでしょう? 私のために、お姉さまには我慢して欲しくないの」
いや、私は心の底から行きたくないの!!
まさか味方のはずのシアナから、背後から撃たれるとは思っておらず、私は焦った。
「でも、私一人では行けないわ。シアナになにかあってからでは遅いもの」
頼む、これで納得してくれ。姉妹愛を引き裂かないでくれ。
「でしたら、お二人で参加なさってはいかがでしょうか」
この期に及んで、一番いらない案を出したリチャードの口を封じたい。
ダメだ、それだけは絶対に許すことができない。仮に出席の返事をしていても当日、体調不良でぶっちぎるわ。
断固として反対の態度を崩さずにいると、リチャードがうなずいた。
「わかりました。ジェラール様は出席が難しいようであれば、直接お礼を言いに訪ねるとおっしゃっておりましたので――」
「あ、やっぱり参加します」
返答するとリチャードの顔が輝いた。
ジェラールがこの別荘を直接訪ねてくるだって? それこそ、冗談じゃない。絶対にシアナと接点を持たせたくはないし、お互いに面識を持っては、良い方に進まない。
ましてやジェラールがエディアルド本人を連れてきたとしたら――。
想像すると背筋がゾッとした。それぐらいなら、私が舞踏会に顔を出し、挨拶を交わしてすぐに帰宅したほうが、危険が少ない。
エディアルドが興味を示すのは、シアナなのだから。
「では来週、お迎えにあがりますので、よろしくお願いします」
リチャードは無事に約束を取り付けたことで、ほくほくと上機嫌で帰っていった。
「お姉さま」
……さすが、ハモンド家の有能執事、やるな。当日「具合が悪くなりました」とドタキャンしようと考えていたのが見透かされたのだろうか。わざわざ迎えをよこすだなんて――。
「でも、お姉さま、街でなにかあったの?」
興味しんしんで目を輝かせているシアナに、深くため息をついた。
「変な男に絡まれていた少女を助けたのよ。それでみたい」
「すごい、お姉さま、さすがだわ」
シアナは親切な姉が誇らしいといわんばかりに手を叩いた。
あの時、見捨てておけば良かったと、悔やんでいる私の心中も知らずに。
しかし、私のことを調べたのだろうか。
けどエディアルド本人が調べたとも限らないわよね。エディアルドと接触したすべての人間を調べておくよう、護衛がジェラールに言われたのかもしれないし。
もしエディアルド本人が調べるのに乗り気だったとしたら、恐ろしいことになる。彼の執着は度を越えているから。
でも小説の中でリゼットがエディアルドの手にかかり、命を落としたのは確か十九歳の春だった。
まだ時間は二年ある。だからきっと、今回の舞踏会は無事に終わるはずだ。そうはいっても、シアナだけは絶対に会わせるわけにはいかないけど。
「当日はめいいっぱいおしゃれをして、楽しんできてね」
無邪気なシアナの声に、力なく返事をしたのだった。