20年越しのごめんだけじゃ物足りない~幼なじみの執愛が溢れだす

16 おかしな客

 水曜日、私は鬼頭さんになんでここに社員が異動したがらないのか尋ねた。
 すると、鬼頭さんは引きつった顔になる。

「え……皆がここに異動したがらない……理由……?」

「はい、私、異動する話になった時に、ここには誰もいきたがらなかった、て言われたんですけど……なんでですか?」

「え、えーと……」

 鬼頭さんの目が泳ぐ。
 見るからに顔色が悪くなるし声のトーンも下がっている。
 これは……もしかして聞いてはいけないものなのだろうか。
 鬼頭さんは、なんだか気まずそうに言った。

「それは……その……まあ、ここほら、色々ほかのフロアと違うでしょ。レジだけじゃなくて接客も発注も品出しも全部やるし」

「それだけじゃないですよね?」

 それだけが理由で断るはないと思う。
 鬼頭さんは目をそらし、何かを考えるように呻る。

「それは……えーと……ここほら、役に立たない社員を最終的にすてる場所って、言われてるから……かな……」

 と、鬼頭さんは消え入るような声で言った。

「あー……」

 なんとなくわかるかも。
 カツラカメラは家電量販店。おもちゃ屋さんじゃない。
 家電だけ売っていたら子どもたちが来てくれないから、つくられたのがエンタメコーナー。
 だからおまけみたいなコーナーだ、とは聞いたことがある。
 そうか、だからいらない社員を押し付ける場所扱いで、ここに異動は、役立たずの烙印押されるようなものなのか。
 あー……それは知らないほうが良かったかもしれない。
 それは言いにくいのが当たり前だ。
 どんな顔をしたらいいのかわからず視線を泳がしていると、それに気がついたらしい鬼頭さんは、ブンブンと首を横に振って必死な顔になる。

「べつに仙石さんが役立たずとかそういうことじゃないから、ただそういう扱いっていうのがあるってだけだから」

「いや、私は自分から異動をお願いしたので……こっちが地元ですし」

 言いながら私は苦笑を浮かべる。
 さすがに、不倫に巻き込まれて嫌すぎて異動したい、て直談判したなんて言えない。
 思い出すと腹が立つけど。
 私の言葉に安心したのか鬼頭さんは、ニコッと笑いほっとした様な声で言う。

「だから仙石さんが来てくれてすごく助かってるよ。何と言ってもレジはできるからね。覚えること多くて大変だとは思うけど、楽しいと思ってくれるといいなぁって」

 その顔を見て、鬼頭さんはこの仕事、好きなんだな、て思った。
 楽しい、かあ。
 ここに来てまだ二週間ちょっとだし、まだよくわからない。
 黒物コーナーとは本当に何もかも違うから。

「仙石さん」

 鬼頭さんがすごく真面目な顔になる。

「な、なんでしょうか」

「今週末から凄く忙しくなるかもだけど……嫌に思わないでね……!」

 鬼気迫る顔で言われて、私は黙って頷くしかできなかった。
 忙しくなるって……この間の土曜日より忙しいとかあるのかな。
 私は内心、首を傾げた。


 その日の夜。
 六時半頃、私はひとりガチャガチャのレジに立ち、レジの片付けをしていた。
 七時が私の定時で、その時間にはここのレジは無人になるためレジの精算などをしないといけない。
 レジのそばにあるガチャガチャコーナーやゲーム筐体のところには、学校や会社帰りの人たちの姿が多かった。
 ガチャガチャが出てこないと何度も呼ばれたり、筐体の無料配布のカードが欲しいと声をかけられたり。
 昼間よりも忙しいかも。
 レジでガチャガチャの鍵を片付けている時だった。

「こんばんは」

 と、聞き覚えのある声がかかる。
 レジから顔を上げて見ると、昨日、塗料のことを聞いてきた男性客がカウンターの向こうに立っていた。
 仕事帰りなのか、スーツにコートを着ている。
 私は頭を下げて、

「いらっしゃいませ」

 と、張り付けた笑顔で答える。
 お客さんは、満面の笑顔で言った。

「仙石さん、お仕事何時までなんですか?」

 その質問に私は足の先からすっと、血の気が引くのを感じてしまう。
 そんなの答えたくないんだけど……?
 どうしよう、なんて誤魔化そう。
 瞬時に考えて、私はレジの時計を見て、ひきつりそうな顔に営業ようの笑顔を張り付けて答えた。

「えーと、まだ終わらないですね。でもこのレジは七時までに閉めるんで、今片付けをしてます」

 と、あいまいに答える。
 レジの前に、ここのレジが空いてる時間が書いてあるから嘘はない。
 ちなみにお店の閉店は九時だ。
 男性客は、ちらっとレジ前の表示を見たようで、なぜか残念そうな顔になる。
 なんか嫌な感じだな……
 そう思いながら、私はレジの精算を始める。
 その間ずっと、その男性はレジカウンター前に立っていた。
 何かを考えるように、顎に手を当てている。
 何なんだろう……? ちょっと気持ち悪いから早く帰ってくれないかな。

「俺、けっこうプラモつくってて、カスタムとかもしてるんですけど」

 と、男性客は自分語りを始める。
 えーと、なんの話? と思いつつ、でも無視するわけにもいかなくて、私は口元だけに笑顔を作り生返事をする。

「それで、仙石さんをテーマにプラモ作りたいなーって思って……」

 そう、にこやかに語る男性客。
 何それどういうこと……?
 意味がわからず、手が止まる。
 指先が震えて、耳の奥で私の脈の音が大きく響いているように感じてくる。
 怖すぎるんだけど、それ?
 どうしようかと困惑している私をよそに、男性客は語り続けた。

「一番好きなのはシュリエッタシリーズなんですけど、コトブキヤの美プラも作ってて。それにほら最近三十MSていう美プラのシリーズあるでしょ? それで貴方をテーマにして作りたいなーって思って。ほら、これが俺がカスタムしたプラモなんですけど」

 そう早口で言って、彼はスマホの画面を私に見せてくる。
 もうなにこれどういうこと?
 そんなスマホの画面なんて見ることはできず私は恐怖を感じ、頭の中が白くなってくる。
 その時だった。
 筐体の、けたたましいブザー音が鳴り響く。
 レジに若い高校生くらいの女の子が近づいてきて、男性客をちらっと見たあと私の方へと視線を向けて言った。
 
「すみませーん、カード切れなんですけど」

「はーい、少々お待ちください」

 助けてくれてありがとう!
 そう内心その子に礼を言い、私は男性客に頭を下げて、鍵を持ち筐体へと向かう。
 筐体の鍵を開けてカードの補充をしていると、その子がひそひそ声で言った。

「あの客、なんかこっち見てるんだけど、キモくないですか?」

 そう言われて私はカードを包んでいたビニールのゴミを片付けながら、ちらっと背後を見る。
 レジカウンターのところにまだあの男性客がいる。
 女の子の言う通り、気持ちわるい。
 すぐに目をそらして、私はカードの補充を続ける。

「あの、会話聞こえましたけど美プラって女の子のプラモですよね? え、店員さんモデルにプラモ作りたいとかキモすぎでしょ」

 と、女の子が嫌悪感マシマシで言う。
 うん、そのとおり気持ち悪い。
 私は黙って頷き、補充を終えて画面を見あげた。

「あ、私が睨んだら帰った」

 なんていう女の子の声が聞こえる。
 筐体の鍵をかけて振り返り、私は女の子に声をかける。

「おまたせいたしました」

「あ、ありがとうございます。まじキモいからお姉さん、気をつけてね」

 そう、心配げな顔で言われて、私はその子に深く頭を下げた。
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