20年越しのごめんだけじゃ物足りない~幼なじみの執愛が溢れだす

19 したい事

 地方都市である翠玉市は、駅前か、郊外の大型ショッピングモールくらいしか行く場所がない。
 基本、車がないと生活するのが難しく、遊びに行くのもままならない。
 大人になると車を持つようになり、駅前には来なくなる。
 そもそも私は大学は県外だったし、就職後二年だけ本社に勤めてそのあと都内のお店に異動になって。
 その頃は実家と会社の行き帰りだけで、駅ビルとかを歩く機会は殆どなかった。
 あの頃は車があったから車で通っていたし。
 だからまた赤月君が駅前を選んだのかが不思議だった。
 車で出かけたいわけではないけれど、車のほうがずっと行ける場所も増えるからだ。
 駅ビルを出てお昼に入った、この間とは違うオムライスのお店。
 料理を頼んだ後、私は赤月君に尋ねた。

「なんで今日も駅前にしたの?」

「いきなり車でふたりきりって、ハードル高いかなって思って」

 と、なんだか頬を赤らめて答える。
 あ……そういうことなんだ。
 それってつまり、気を使ってくれてるってことなのかな。
 そう思うとなんだか不思議な気持ちになった。
 幼なじみだけど、なんともいえない距離感があって、赤月君も私もその距離の取り方を手探りで測っているように思う。
 赤月君は頬杖をついて言った。

「車の方が色んな場所行けるし、一緒に行きたい場所とかあるけど、でもほら、俺たち久しぶりでしょ。いくら幼なじみでもそれはちょっと、って思って。だから駅前を選んだんだよ」

「そう、だったんだ」

 私が思う以上に、赤月君、私のこと、考えてくれているんだな。
 そこまでしなくていいのに、っていう思いとそこまで考えてくれているっていう嬉しさが私の中でないまぜになる。
 私は赤月君の様子を見る。
 今こうしてふたりで話していて、気まずさはないからきっと、車でふたりきりでも大丈夫かもしれない。
 私は赤月君の顔を見て微笑む。

「私、車で出かけるのでもいいよ。じゃないとすぐ行ける場所なくなるでしょ」

 そんな私の提案に、赤月君はスマホを手にとり、すごく嬉しそうな顔になる。まるで水を得た魚、というか、飼い主が帰ってきて喜ぶ犬みたいな。
 赤月君はスマホに視線を落として、弾んだ声で言った。

「本当にいいの? えーとヒスイちゃん、行きたいところある? どこでもいいよ。あーでも寒くなるから北はきついかな」

 どうやら赤月君は行先について検索をしているらしい。
 私は腕を組んで首を傾げた。
 行きたい場所かぁ。どこがあるだろう。
 イルミネーションとか? いやそれだと夜、出かけることになるしな……恋人じゃないのにさすがにそれはちょっと……
 じゃあ何だろう。
 出かける場所……出かける場所……
 いざとなると何にも出てこない。
 何したいだろう。
 私は顎に手を当ててぶつぶつと呟く。
 
「私、そもそもあんまり外出る人じゃないし……最近のお出かけと言ったら全部推し活関連だし……」

 そして私は、ゆっくりと赤月君へと目を向ける。

「お出かけって何する?」

 私の問いかけに、赤月君はちょっと首を傾げてうーん、と呻る。

「なんか哲学っぽいね。まあ俺もあんまり外に出る方じゃないけど。だからってほら、家に誘うわけにもいかないし」

 そう言って、彼は苦笑を浮かべた。
 家、と聞くと少し胸が痛くなる。確かに赤月君の家に遊びに行く、というのは私の中ではけっこうなハードルになっているから。
 私は赤月君の様子を伺いながら尋ねた。

「赤月君の家って、プラモ、たくさんあるんでしょ……?」

 言いながら、私の声はちょっと緊張している気がした。声のトーンもどうしても下がってしまう。
 その様子を感じ取ったのか、私を安心させるように赤月君はとても優しく笑ってみせた。

「あるけど専用の部屋があるからね。リビングとか玄関には一切飾ってないんだ」

「そうなんだ」

 思わずほっとしてしまうのは、私の中でプラモイコール、壊したらどうしよう、っていう思いが強いからだろう。
 赤月君は首を横に振って、

「さすがにいきなりうち来る? とか言わないよ。だからと言ってヒスイちゃんの家に行くとかもしないし」

「さすがにそれは嫌。だってうち、狭いし」

 それに推しグッズが見える所にたくさん飾ってあるから、さすがに男性を家に入れる勇気、ない。

「あはは、そうだよねー。女性のひとり暮らしで、そんな広い部屋、借りないよね」

「そうそう。とてもじゃないけど人、いれられる部屋じゃないし」

 まあ今まで人を部屋に招き入れたこと、ないけど。
 私の言葉に、赤月君は首を傾げた。

「ねえヒスイちゃん、恋人はいないの?」

「いるわけないよー。っていうかそれについては色々あったんだけど」

 思い出しただけでイラッとしてきた。
 付き合った経験なんて今までふたりしかなかった私。
 そのふたり目が既婚男性なんてありえないでしょ?
 思わずテーブルの上で拳を握りしめて、怒りを抑える。
 唯一の救いは性的な関係がまだなかったことだろう。
 それだけは本当に幸いだったと思う。
 顔を見るのも汚らわしくって、彼と撮った写真は全て消去した。

「え……えーと……ヒスイ、さん? なにがあったの……?」

 怯えた声が聞こえて私はハッとして我に帰る。
 顔を上げると赤月君が、ちょっとひきつった顔をして私を見ていることに気がついた。
 その顔と、テーブルの上でわなわなとふるえる私の拳を交互に見る。
 私は慌ててその手をほどいてテーブルの下にさげ、首をぶんぶん、と横に振った。

「ごめんごめん、大丈夫! 大丈夫じゃないけど、大丈夫! ちょっとね、色々あったから」

 そうひきつった笑いを浮かべる。
 これは何かあったと言っているも同じだろうな。そうは思うけど、さすがにここでは話せない。あんな内容、お酒でも飲みながらじゃないと言えるわけがない。
 そして私は前の職場の上司以外に、あの話はしていない。
 赤月君は心配げに顔を歪ませて、ちょっと前かがみになって声を潜めた。

「溜めこむとよくないよ」

「それはわかってるんだけど、シラフでなんて話せないの」

 そう私が答えると、赤月君は顎に手を当てて、

「わかった」

 と呟くように答えた。
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