チーターとガレット
「そういうカフェもあんまりないかんじで、いいかも」
「スリッパ置いて、土足厳禁にしましょうかね」
冗談を聞いて、千枝の頬が緩む。
「本当は店を持つのはもう少し先がいいかなと思っていたんですけれど、僕がガレットとタルト専門店を開きたいって言ったら賃料を安くしてくれることになって」
「〈イガラシ〉がフレンチレストランだから、とかですか?」
「どうなんでしょうかね。あまりにも展開が早すぎて、理由を訊く余裕もなくて」
見るだけだったはずなのに、話がどんどん進んでいき、その日のうちにここを借りることになっていたのだという。趣味で使っていたとはいえ、キッチンはダブルシンク、業務用の冷蔵庫など営業に必要なものがすでに一通り揃っていた状態での居抜き物件だったから、開業資金も抑えられたようだ。
話の途中でタイマーが鳴り、彼はキッチンに戻っていった。
千枝は急に一人で取り残された気になって、キッチンに目を向けた。
オーブンを開くと、バターの芳ばしい香りが客席いっぱいに広がって、食欲を刺激する。ここが以前は家だったという話を聞いたからなのか、おなかを空かせながらも、母の料理をただ待ち続けていた子どもの頃を思い出す。
「お待たせしました、熱いのでお気を付けください」
黒いうつわの中央には、たっぷりのブラウンマッシュルームが載った船形のタルトがある。
想像以上にボリュームがある。よくケーキなどで使われる、型で成形されたクッキーのような生地を想像していたが、これはパイ生地のようにも見える。