隣の席の悪魔【旧版】

初詣

一月一日。

まだ空も暗い早朝。

私は白い息を吐きながら、
神社の階段を上っていた。

「……寒い……」

「……だろうな」

隣には、
空くん。

私はマフラーへ顔を埋めたまま、
むっと口を尖らせる。

「だってお母さんが、
着てけってうるさくて!」

慣れない着物。

歩きづらい草履。

揺れる袖。

その時。

空くんが、
ちらっとこっちを見る。

その視線が、
一瞬だけ止まった。

着物。

髪飾り。

白いマフラー。

でも。

空くんは、
すぐ前を向いた。

「……まぁ」

「なにその反応!」

すると。

空くんが、
少しだけ目を逸らす。

耳。

ちょっと赤い。

私は思わず吹き出した。◇

境内。

提灯の灯り。

朝焼け前の空。

友達の笑い声。

「おみくじ引こー!」

葛西くん達が騒ぎながら、
走っていく。

私は空くんと並んで、
おみくじを引いた。

その瞬間。

「空くん、見て!!」

私は思わず顔を上げる。

「番号一緒!!」

空くんが、
少しだけ目を細める。

自分のおみくじ。

私のおみくじ。

同じ番号。

しかも。

内容まで同じ。

「すごくない!?」

「別に」

「夢ない!!」

私はむっと頬を膨らませる。

その時。

ふと、
文字が目に入る。

『待ち人 
遅れるが来る』

え。

私は思わず瞬きをする。

「なにこれ」

「知らん」

空くん、
全然興味なさそう。

私は少し笑った。

「遅刻魔ってことかな」

「星野じゃん」

「ひどい!!」

白い息が、
朝の空に溶けていった。◇

「……届かない」

私はおみくじを結ぶ場所の前で、
背伸びをした。

既にたくさんのおみくじが結ばれていて、
空いている場所は高い。

全然届かない。

「ちび」

「うるさい!」

私はむっとしながら、
もう一回背伸びする。

でも。

届かない。

その時。

後ろから、
小さくため息。

「貸せ」

え。

空くんが、
私の手からおみくじを取る。

そして。

普通に手を伸ばした。

ひらっ。

白い紙が、
高い場所で揺れる。

あ。

その瞬間。

私は少しだけ、
目を丸くした。

空くん。

背、
ちょっと伸びたんだ。

前は、
同じくらいだったのに。

心臓。

どくん。

その時。

空くんが、
顔を覗き込む。

「なに」

「……なんでもない」

私は慌てて視線を逸らした。

空くんが、
少しだけ目を細める。

「変なの」◇

賽銭箱。

鈴の音。

白い息。

私はそっと手を合わせる。

まずは。

受験、
ちゃんと頑張れますように。

合格できますように。

それから。

私は小さく息を飲んだ。

……あと。

もし。

もう一つお願いしてもいいなら。

もっと。

隣にいたいです。

その願いは。

少しだけ、
欲張りな気がした。◇

私はそっと目を開ける。

白い息。

朝焼け前の空。

そして。

隣。

空くんは、
まだ目を閉じたままだった。

静かな横顔。

長い睫毛。

合わせた手。

私は思わず、
その横顔を見つめる。

空くんは、
何を願ったんだろう。

受験のこと。

将来のこと。

それとも。

……少しだけ。

私と同じだったり、
しないかな。

そんなことを考えてしまって。

私は慌てて視線を逸らした。

白い朝の空気が、
やけに静かだった。◇

帰り道。

まだ人の多い参道。

私は草履で歩きながら、
何度もよろけていた。

その時。

ふと、
屋台の方へ気を取られる。

「あっ、りんご飴――
わ。」

身体が傾く。

でも。

空くんの手が、
私を受け止めた。

「……絶対転ぶと思ってた」

近い。

白い息。

私は思わず空くんを見る。

空くんは、
少しだけ眉を寄せていた。

「ご、ごめんなさい……」

「ちゃんと前見て」

その瞬間。

夜の灯り。

浴衣。

ヨーヨー。

転んだ痛み。

背中。

夏祭りの景色が、
一瞬だけ胸へ戻ってくる。

私は思わず、
しゅんと肩を落とした。

すると。

空くんが、
小さくため息をつく。

その時。

空くんの指が、
少し乱れたマフラーへ触れる。

「じっとしてろ」

さらっ。

無言のまま、
マフラーを結び直していく。

私は固まったまま、
動けない。

白い息。

近い距離。

その時。

空くんが、
マフラーを直しながら、
ぽつり。

「……俺がいるうちはいいけど」

え。

私は思わず顔を上げる。

空くんは、
前を向いたまま続けた。

「一人の時、
普通に転びそう」

「転ばないもん……」

小さい声。

すると。

空くんが、
小さく息を吐いた。

そのあと。

私の方へ、
手を差し出す。

「……ほら」

え。

私は思わず瞬きをする。

空くんは、
少しだけ視線を逸らしたまま。

ぽつり。

「……嫌ならいい」

耳。

赤い。

その瞬間。

私は何も言えなくなる。

代わりに。

ぎゅっ。

差し出された手を、
そっと握った。

空くんの手。

あったかい。

空くんが、
少しだけ目を細める。◇

みんなの輪に追いつくと、
葛西くんたちが、
私と空くんを見る。

そして。

繋いだ手にも気づいたみたいで、
ひとしきり騒がれた。

私は顔が熱くて、
まともに前も見れなかったけど。

それでも。

空くんは、
繋いだ手を離さなかった。

初日の出が、
私たちを静かに照らしていた。

私は繋いだ手に、
もう一度そっと力を込めた。
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