秀麗畏怖極道は甘すぎる

10話 冗談やないで

首元と鎖骨をなぞる思わぬ凛音の行動に体が固まった。

「凛音さん…?セクハラですか?」

「セクハラ?ちゃうわ。身だしなみ整えたっただけやん。」

指は離さない。首筋に留まったまま。

親指がさくの顎先に移動して、くい、と上を向かせる。

「そんな固まるなや。……可愛いやんけ。」

さくの肌が上気する。

「可愛いって……次はそういうちょっかいの出し方ですか。」

「ちょっかいやないで?」

声のトーンが落ちた。
顎に添えた指はそのまま。もう片方の腕をさくの腰に回す。

「ちょっ、何するつもりなん!」

凛音の視線が落ちる。白い肌。細い首。噛みつきたい衝動を辛うじて飲み下した。

耳元に唇を寄せ、吐息混じりに囁く。

「何って……わからん?」

甘ったるい声、煙草と香水の混じった甘ったるい匂い、それらにさくの思考は鈍って、言葉が出なくなる。

数秒の沈黙。

こいつ黙りよった。“やめてください”とか言うんか思たのに。

凛音はすっと身を引いた。

唐突の解放だった。さっきまでの熱が嘘のように、凛音はいつもの気だるげな表情に戻っていた。

「……冗談や。」

「冗談って…。凛音さん、今の立派なセクハラですよね。このご時世冗談じゃ済まない可能性だってあるんですけど。」

説教が始まった。

「はいはい、セクハラな。反省してまーす。」

反省の欠片もない棒読み。

「なぁさく、俺のこと遊んでる男やと思っとる?」

「…派手に遊ぶタイプだと噂に聞いた事はありますけど。」

「ふーん。そう思うんやったらそう思っとき。けどな、さっきのは冗談やないで。」

ポケットから手を出して、一歩だけ近づく。
今度は触れない。触れたらまた「セクハラ」になる。

「よくわかりません。とにかく、気を付けてくださいね。あんまり派手にやってるとその内痛い目見、る、で。」

さくは少し強気に言った。

凛音の告白めいた一言は完全にスルーされた。

「よくわかりません」。これ以上ないほど綺麗な空振り。ストレートを投げてど真ん中に放り込んだのに、バットすら振ってもらえなかった。

ふ、と凛音は乾いた笑いを零した。

「肝に銘じとくわ。」

資料室を出た二人は何事もなかったかのように並んで歩いた。

凛音の頭の中では、さっきのさくの反応がリプレイされ続けている。

「よくわかりません」。
あの顔に浮かんでいたのは困惑でも嫌悪でもなく、純然たる無理解。
凛音に対する恋愛感情の回路がそもそも存在していないかのような…。

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