秀麗畏怖極道は甘すぎる

9話 ここ、乱れとるで

凛音はいつものように気だるく自室にいた。

コーヒーでも買いに行くかとドア開けると、書類の束を抱えてよろよろ歩く小柄な影を捉えた。

言わずもがな、さくである。
前が見えないほど積み上げられた紙束のせいで足元がおぼつかない。

その姿を認識した瞬間、口角が吊り上がる。が、同時にさくが躓きかけるのを見て反射的に体が動いた。

「わっ!!」

転んだ。そう思った時、凛音が受け止めてくれていた。

倒れ込んできた体を片腕で軽々と受け止め、もう片方の手で散らばりかけた書類を数枚キャッチする。

「おい、大丈夫か。」

187センチと162センチ。
凛音の胸にさくがすっぽり収まっているような体勢だった。

「こんな量一人で運ばすなや。誰に頼まれたん。」

「凛音さん…ありがとうございます。すみません私が鈍臭いばっかりに…」

無意識の上目遣い。

凛音の思考が一拍飛んだ。

鈍臭いのは今に始まったことじゃない。そんなことはどうでもよかった。

問題はこの角度だ。潤んだような黒い瞳と、わずかに乱れた髪。心拍数が跳ね上がる音を自覚しながら、凛音は涼しい顔を保った。

「鈍臭いのは知っとるわ。今更や。」

「な、なんか…、凛音さんの心拍早いけど、大丈夫ですか?」

ごまかしようがない距離。密着した体。シャツ越しの体温。
「このまま抱きしめてしまえ。」ともう一人の凛音が囁く。

一拍の間。

「大丈夫に決まっとるやろ。お前が急にぶつかってきたからびっくりしただけや。」

凛音はやっと腕の力を緩めてさくから半歩離れた。

「なるほどそういう事か。安心しました。」

さくはホッとした表情で言った。

「そういう事か」ちゃうねん。
この女の鈍感さはもはや才能だ。

凛音は書類の山をひょいと持って

「ほら、手伝うで。どこまで運ぶんや。」

「あ、向こうの資料室までです。」

そう言って2人で歩き出した。資料室にドサっと書類を置き、ふぅ、とさくは息をついた。

「お疲れさん。」

さくを見る。
息をついた横顔。
少し乱れた襟元。凛音の目がそこに吸い寄せられた。

「なぁ。」

一歩、近づいた。

なんでしょうか、という感じでさくは凛音を見上げる。

黙って見上げてくる顔。その無防備さ。

凛音の理性がぎりぎりと軋む。

手が伸びる。さくの襟元の乱れを直すように、鎖骨のあたりに指を滑らせた。
直す必要などなかった。
ただ触れたかっただけだ。

「ここ、乱れとるで。」

低く囁くような声。
指先は襟を整えるふりをしながら、必要以上にゆっくりと首元をなぞった。

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