秀麗畏怖極道は甘すぎる

6話 怖ないん?

倒れた血塗れの男達を放置して凛音は建物の中に戻る。

廊下ですれ違う構成員たちは、さっきまで鬼神のごとく暴れていた男の豹変ぶりに目を丸くしていた。
何かいいことでもあったのか、いや聞くまい、と誰もが目を伏せた。

二階に上がると真っ直ぐさくのところへ向かった。
まだ興奮の余韻を残しながらも、声だけはいつもの気怠い調子に戻っている。

「見てたやろ。どうやった?」

「どうやったって…。ほんとに強いんですね。」

正直な感想を言った。

褒められた。「ほんとに強いんですね」。さくの声で再生されるその言葉だけで、今日の戦果は百点満点だった。

「せやろ? 俺強いねん。」

得意げに笑って、
ふと自分のシャツにべったり付いた返り血に目をやった。
白いシャツが赤黒く染まっている。

「怖ないん? あんなん見て。」

言われてさくも返り血に染まったシャツを見た。

「まぁ、どちらかといえば怖いですね。」

あの光景について、さくは答えた。

「怖いか。そらそうやわな、普通の人間やないもんな俺。」

その言葉にはどこか自嘲めいた響きがあった。
自覚している。自分は普通じゃない。
生まれた時からこの世界にいて、暴力が日常で、人の痛みがわからない。

いや、わかるのに楽しめる人間だ。

けれど、目の前のこの人間には怖がられたくないと思っている自分がいる。その矛盾が可笑しくて、凛音はふっと息で笑った。

「あ、凛音さんの事は怖くないですよ。」

その返しがあまりに予想外で、凛音の目がきょとんと開いた。
凛音という人間を前にしてそう言い切る胆力。

「……お前ほんまおもろいな。」

凛音が声を出して笑った。作り物ではない、本物の笑いだった。

笑いながらさくとの距離を一歩詰めた。
返り血の匂いがまだ漂っている。

「ほなもっと怖ないってこと教えたろか。」

「どーやって。」

真っ直ぐな疑問が飛んできた。どう教えるか、確かにそうだ。言葉だけなら何とでも言える。

「言葉やのうて行動で示すもんやろ、こういうんは。」

「…。」

「安心しぃ、お前には無理にせぇへんよ、俺。」


そこへ、先ほどの騒ぎの後始末を終えた若い衆が凛音を呼びに来た。「凛音さん、お呼びです」という声に凛音の纏う空気がすっと切り替わった。

「いってらっしゃい。」

「……おう。」

凛音は部屋を出た。

「いってらっしゃい」たった一言の挨拶。
ただの社交辞令だ。わかってる。
それなのに抜群に効いた。

…あいつあかんわ。

凛音はほんのり熱を持った顔を隠すように額に手をやった。

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