白紙のノートに、君だけが残した筆圧のメッセージ

承:転校生とクラスの騒動


 戦士に変身したときの私、すなわち、プリズム・エトワールのコスチュームは、上下とも白が基調。それに虹のラインが斜めに横切っている。デザインコンセプトは『白紙に描く虹色に光る未来』だそうで、それがそのまま私の能力を示している。

 一方、リン、すなわち、シャドウ・エクリプスのコスチュームは、上下が夜空のような黒。それを切り裂くように白銀に輝くラインが斜めに横切っている。『闇に潜む真実を見極め、浄化する』というデザインコンセプト、そして彼女の能力。

 二人ぼっちの戦士は、お互いがいて初めてその力を発揮する。リンが邪悪な存在を見つけ、それを消し去り、その上に私が本来あるべき正しい物語を描く。
 そうやって、二人で戦ってきた。リアル、バーチャル両方の空間を戦場に。

 ……正直、そんな『戦い』そのものよりも、また戦うヒロインのコスチュームに変身できることが嬉しかった。そして、リンのカッコカワイイ姿を見られることも。ウヘヘ……

「一ノ瀬望愛さん」
「……」
「一ノ瀬さん!」
 担任の山村先生がちょっときつめのソプラノボイスで私の名前を呼んだ。
「あ、ハイハイ!」
「返事は一回。それから出欠の確認をしているのですから、すぐに返事しなさい」

 やば! 朝のホームルームの時間に妄想の世界に入り込んでいた。自分でも頬や口元がゆるんでニタついているのがわかる。

 全員の出欠確認が終わると、担任の先生は一旦教室の外に出て、すぐに戻ってきた。一人の女子生徒を連れて。

 え!

「一学期の途中ですが、転入生、みなさんに新しい仲間が加わりましたのでお知らせします」
 教壇に立ったその子は先生に促され、黒板に自分で名前を書いた。

 九条 凛子

 リンは壇上から教室を見回し、すぐに私のことを見つけた。メガネの奥の瞳が微笑む。

「くじょう りんこ……リンと呼んでください。親の転勤の都合で、この町に引っ越してまいりました。わからないことばかりだと思いますので、どうぞよろしくお願いします」

 クラスのみんなから拍手が送られ、先生は彼女の席を指さし、着席するように促した。いつの間にか教室の後ろの窓側に、机と椅子が二組増えていた。

「実は偶然にも、もう一人転入生がいるんだけど、体調不良でしばらくお休みになります。元気になって登校したら、改めて紹介しましょう」
 担任の先生は黒板に書かれたリンの名前を消しながらそうつけ加えた。

 私は少し嫌な予感がした。
「あの、山村先生、その生徒の名前を聞いてもいいですか?」
 先生は少し考え、出席簿に視線を落とした。
「えーっと、中野さん……中野 結衣さん」
 イヤーカフをつけてないけど、その名前を聞いて、ピキンと警告音が鳴ったような気がした。慌てて、リンの席を振り向く。彼女は驚いている様子はなかったけど、真剣な顔で私を見つめ直した。

 すぐにでも聞きたいことがいっぱいあったけど 残念ながら私は前の方の席なので、会話できなかった。休み時間もクラスの女子たちが彼女を取り囲んで質問攻めにしていて、そこに加わることができなかった。

 お昼休み。
「リン、弁当持ってきた?」
 いきなり名前呼びをしたので、周りの生徒が驚いた表情を見せたが、構わず私は続けた。ひょっとしたら私、この子とはもう仲がいいんだぞ、とさりげなくアピールしたかったのかもしれない。
「ええ、持ってきましたわ……手作りですの」
 そう言って彼女はカバンから弁当箱と水筒が入った風呂敷包みを取り出した。
「お弁当、自分で作ってるの?すごっ!」
 そのやりとりを聞いてクラスの女子たちも一緒にお弁当を食べたそうにしていたけど、私は無理矢理彼女の手を引いて、教室の外に連れ出した。

「ここなら大丈夫か」
 私たちは、図書室に入り、自習コーナーのテーブルに向きあって座った。

「わっ、これマジに自分で作ったの?」
 彼女がフタを空けた弁当箱を見て驚いた。どこの高級仕出し弁当屋さんのよ? って思わず聞きたくなる。
「おひとつ、召し上がる?」
「う、うん……いやいい、それよりも、この間はなんでさっさと帰っちゃった、というか消えちゃったのよ? 歌舞伎町に一人残されて心細かったんだから……あんなことあったあとだし」
「あら、ノアちゃんがそんなこと言うの? 向こう見ずで恐いもの知らずの『プリズム・エトワール』のくせに」
「それは、アニメの中の設定でしょ!」
 今の私は普通の中学生、どちらかと言えばビビり屋だ。
「まあいいや。聞きたいことがあるの」
「……どうして転校して来たのってことかしら?」
「そうよ……ってか今までどこにいたの?」
 彼女は箸を持ったまま宙を見つめた。
「えーっと、隣りの市に住んでいて、そこの中学校に通っていたけど……」
「でもさ、アニメの中じゃ、私たち近所に住んでいて共学の中学通っていたじゃない?」
 この学校は、中高一貫の女子校だ。そこに私一人で通っていて、そこにリンが転校してきた。というよりも、私はリンのことを知らずに今まで育ってきた。それが『現実』なのか、アニメの世界が現実なのか……
「まあ、ワタクシたちは『今ここにいるんだ』ということを認めて、なにをやらなくちゃいけないかを考えましょうよ」
「相変わらず、現実的でクールね」
「それってほめ言葉として受け取っておきましょう」
「ひょっとして、この学校に転校してきたのは、『中野さん』と関係あるの?」
「その通り。彼女が動いたことを検知して、慌ててワタクシも転校手続きをしたの」
「私を守ろうとして?」
「そうね。ノアちゃんは向こう見ず、恐いもの知らずで、しかも、お人好しで情にほだされやすいから、一人にしとくと危険だし……だいたいワタクシたちは二人一緒じゃないと本当の力を発揮できないんだから」
 なんかリンがお姉さんっぽく感じられなくもないけど、実際その通りだからしかたがない」
「中野さん……ドブラック、いったいなにを企んでいるのかな」
 本題はそこだ。だいたい、アニメの中では、ドブラックが中野さんのような人間の姿に『実体化』し登場したことはなかった。
「それはワタクシにもよくわりませんわ。でも、一つ言えることは、ワタクシがすべてを消し去って、アニメ『二人ぼっちの戦士 エトワとエクリ』を打ち切りにしたのに、それでも復活してきて動き出すなんて、よっぽどの理由があると考えた方がいいわね」
「ちょっ、ちょっと待って! ひょっとしてアニメを打ち切りにしたのって、あなたの仕業だったの?」
 そんなバカな! アニメの登場人物がどうやってその番組を打ち切りにできるっていうのか?……メタにもほどがある。
「うーん、正確にいうとちょっと違うかも知れませんけど」
 リンはそう言って水筒のお茶を飲み、文字通りお茶を濁されてしまった。
「とにかく用心しましょうね……そうね、『ビオトープのイヤーカフ』は授業中以外は着けておくにしましょう。お揃いだっていってクラスメイトに冷やかされるかも知れませんけど」
 そう言って彼女は少し頬を赤らめた。
 確か、アニメの中でも私たちはお揃いのイヤーカフを(授業中も含め)ずっと着けていたと思う。私はまたそうできることが嬉しかった。



 それから一月も経たないうちにクラスで事件が起きた。異変に気づいたのはリンだ。
「グループライン、暴走し始めているようですわ」

 ことの起こりはこうだ。
 中間テスト、英語の試験のとき。机の上には筆記用具以外は出してはいけないことになっている。クラスメイトのアケがちょっとした不注意で英語の文字がデザインしている下敷きを机の上に出しっぱなしにしてしまった。試験が始まってしばらくしてから試験監督をやっていた先生が気づき、しまうように注意した。テストの問題に出てくるような単語は書いてなかったし、先生からのお咎めはなかったけど、その日の昼休みから、LINEのうちのクラスのグループが騒がしくなった。

○あれは確信犯ね
○なんか、あの子、英語がヤバいって言ってたし
○下敷きに、テストの問題と同じ単語があったらしいよ
○ほかにもいろいろズルしてるって噂だし

 本人のアケは、自分の不注意を謝りつつ、投稿されたものに否定の投稿をする。そうするとまたそれに、悪意のある投稿が繰り返される。

 リンから聞いてLINEを見て驚いた。最近ちょっと書き込みがおかしいなとは思うことはあったけど、うちのクラスメイトはこんなに攻撃的な投稿はしないはずだ。

「ちょっとミレイ、この投稿はひどくない? 本人も不注意だって謝ってるんだし」
 思わず、投稿したクラスメイトの一人に抗議した。
「えっ、ノア、なに言ってるの?」
 そう言って彼女はスマホを取り出してLINEの画面を開く。そして目を見開いた。
「なにこれ! アタシ、『そんな気にしなくていいよ』って投稿したはず。ホントだから!」

 昼休みと放課後は、「あなたこんな書き込みをしたの? いやしてない!」の大騒ぎとなった。私のイヤーカフは熱を帯び、ピキンピキンと警告音を鳴らしている。リンはみんなが言い争う様子をじっと観察していた。私もクラスメイトの顔をじっと見つめる。このあとのために。

 放課後、みんなが下校したあと、教室には私とリンだけが残った。
「これはやっぱりドブラック……中野さんの仕業かな」
「手口からいって、間違いありませんわ。このままだと、アケちゃんは深く傷つき、クラス全体が崩壊してしまいます」
 アニメの中でもドブラックがさんざん見せつけた手口と力だ。

 人々が抱いている疑念や嫉妬などを察知し、それを絡め取る。さらに嘘の情報で上塗りし、負の感情を増幅してネットワーク上で拡散する。そうやって人々を混乱し、憎しみや憎悪の感情を蔓延させていったのだ。 リンと私はその力を『スパイダー・フェイク・ウェブ(偽りの蜘蛛の糸)』と呼んでいた。

「では、参りましょうか?」
「そう、だね。でも久々だからちょっと照れるし、うまくいくかな?」
 リンがフフっと笑う。
「ワタクシだってそうですよ」
「うん、わかった」

 二人は並び立ち、それぞれ両耳のイヤーカフに手を添える。
 教室の景色が消えた。トンボが舞い銀色の雫がちらちらと輝く亜空間のビオトープ。私たち、今日はここからネットの世界に飛び込むことになる。

 リンは目を閉じ、透き通った声で唱える。
「ワタクシは見抜く、嘘で上塗りされた偽りの言葉を。そして消し払う。邪悪を広める蜘蛛の糸を!」

 私の番、声が震えそうだ。
「私は見つめる、心に眠る真実の言葉を。そして記そう。未来に進むために!」

 見つめ合い、声をそろえる。
「まだ書きかけの物語を奏でよう! 二人ぼっちの戦士 エトワとエクリ!」

 変身が始まる。
 二人とも一瞬、裸になる。
 リンのメガネは消えている。細いシルエットに透き通った白い肌。ほんとうに綺麗だと思う。

「ノア、しばらく見ないうちに、胸が育ったようですわ」
 慌てて両手で胸を隠す。
「ば、ばか! こんなときに、なに言ってんのよ!」
 そんなやりとりをしながらも、リンはブラック、私はホワイト基調のコスチュームを身にまとう。
 変身が完了した途端に目の前の光りが流れ、空間移動を開始する。

 軽い衝撃とともに二人が降り立った空間は、全体がライトグリーン一色だ。
 そこに、無数の「フキダシ」が浮かんでいる。一つひとつに書かれているのは、さっきグループラインで見た、悪意のあるメッセージの数々。

「気をつけてね。どこかにドブラックが潜んでいるかもしれないわ」
「うん、わかってる」
 二人は背中合わせになり、周囲を見回す。
 どうやら魔物は立ち去ったあとのようだ。

「じゃあ、一気に片づけてしまおうよ。リン……じゃなかった、エクリプス、お願い」
「わかりましたわ」
 彼女は『エー横』のときのように、両手に彼女の武器である巨大な消しゴム『エクリプス・イレイザー』を構えた。

「イレイズ」
 静かにそうつぶやくと、武器を空間に放った。それは、おびただしい数のフキダシが漂う空間を飛び回り、偽りの言葉を選び取っては消していく。
 役目を終えた消しゴムが彼女の手に戻ってきたところでリンは私に顔を向けて微笑んだ。
「ノア……じゃなかった、エトワール。あなたの番ですよ」

 私はうなずき、両手を一旦頭の上に上げ、背中にあるものを掴む。背負い帯に収められている武器は、見たまんま、巨大な鉛筆だ。黒いボディに、剣の柄(つか)に当たるところは白い帯になっている。でも鉛筆は鉛筆だ。その名も『オモイ・エガク・ペンシル』リンの武器の名前に比べると、そのネーミングも今イチだ。誰が考えたのかわからないけど。私は武器を両手で持ち、削って芯が出ている方を前に向けた。こうやって構えていても、傍からみたらそんなにかっこ良くないな、と思う。
 目を閉じ、教室でクラスメイトの心から聞き取った『真実の言葉』を思い出し、頭の中で反復する。
 すべての言葉をイメージできたところで叫ぶ。

「プリズム・トレース!」

 ペンシルの先から、次から次へと飛び出していく。それらは『空白のフキダシ』に次々に飛び込み、文章になっていく。

気にしなくていいよ
次からは気をつけようね
あ、私も気をつけないと
人の陰口なんか気にしちゃだめだよ
信じてる、アケはカンニングなんかする子じゃないって
……

 どうやら、フキダシの文字、つまりグループラインの言葉は無事『明日につながる言葉』に書き換えられたようだ。

「「おつかれさま」」
 リンとハイタッチする。

「では、教室に戻りましょう」
 うんとうなずき、彼女の手を握って目を閉じ、二人で声を合わせて帰還の呪文を唱えた。

 私たちは、夕暮れの教室に手をつないだまま立っていた。制服に戻っている。
 窓が少し開いていて、カーテンを揺らしながら梅雨前の清々しい風が入り込んでいる。

 スマホを取り出し、念のためチェックする。
「大丈夫そうだね」
「ええ、これで明日からいい方に向かいますわ」
 リンも眺めていたスマホから目を上げた。
「でもすごいよね」
「なにがですの?」
「だって、リンの『イレイザー』って、ネットに書かれた文字だけじゃなくて、人の心の不信感や憎悪も消し去ってしまうんだから」
「……そうだけど、正直恐い。なにを消して、なにを残すか、そのすべてをワタクシが決めなくてはならないのですから」
 優しい風が彼女のショートボブの黒髪を揺らす。
「それを正しく判断できるから、リンにその能力が与えられたんだろうね」
 その話の流れで前から思っていたことを口に出す。
「それを言うなら、私も恐いなって思っていることがあるよ」
「そうなの?」
「うん……だって、人の心から『真実の言葉』を見つけ出すのが私の力なんだけど、不信感、憎しみなんかがその人の本音、つまり真実なのかも知れない」
 リンは窓側に近づいて外の景色を見ながらつぶやく。「確かにそうかも知れませんね。人には多かれ少なかれ二面性があって、ポジティブにもネガティブにも考えてしまう……でも、『こうあって欲しい』という思いは必ずあるはず。ノアがそれを選べる子なのだと思います」
「やっぱり、リンは大人なことを言うね……ありがとう、少し心のモヤモヤが晴れたかも」
 彼女は私のそばに戻ってきて、真顔でつけ加えた。
「でもやっぱり、ド黒……ドブラック……アイツには気をつけないと。アイツは言葉巧みにワタクシたちの心理を操り、『ルサンチマン』を呼び覚まし、判断を誤らせる能力がありますもの。お互い気をつけましょう」
「ルサンチマン? なにかのヒーローとか?」
「ちょっと難しい言葉ね……ネットの誹謗中傷の元にもなっている、人間のダークサイドね」
「ダークサイド……もし私がそっちの方に行っちゃいそうになったら、ひっぱたいて正気に戻してくれる?」
「まあ、そんな野蛮なことワタクシにはとても……」

  なぜか、リンは言葉を途切らせた。
  そして、頭を動かさずに横目で教室の後ろのドアを見た……と思ったら急に走り出した。パタパタと廊下から駆け去っていく足音が聞こえる。わけもわからず、リンのあとを追いかける。彼女はドアをがらりと開け、そこに立ちすくんだ。遅れて廊下に顔を出すと、制服の子の背中が見え、階段を駆け下りていった。
 セミロングの黒髪。

 リンがつぶやく。
「噂をすれば、ドブラック……中野 結衣」
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