大正ハイカラ娘・朝霧すみれと新聞記者小田切レン~消えた花嫁の謎を解く~

第5話  犯人はお金目当ての親族か?

霧が少しずつ薄れていく。

 港の輪郭が、
 ゆっくり戻り始めていた。

 私と小田切さんは、
 花嫁の家へ戻った。

 小田切さんは、
 さっそく保険金の話を聞き始めている。

 けれど――。

 空気は最悪だった。

「保険など誰もかけていない!」

 花嫁の父親が、
 怒鳴るように言った。

 顔を真っ赤にしている。

「そんな話、聞いたこともない!」

 その声に、
 部屋の空気がぴりっと張りつめる。

 私は少し身を縮めた。

 その時。

 ばたばたと足音が響く。

 婚約者が駆け込んできた。

 顔色が悪い。

 ひどく取り乱している。

「彼女に保険などかけていない!」

 小田切さんに詰め寄る。

「失敬な!」

 声が震えていた。

「むしろ、ボクの保険金を彼女の受取人にしようと思っていたんだ……!」

 そして。

 崩れ落ちそうな顔で言う。

「ああ……どこへ行ってしまったんだ」

 本当に、
 心配しているように見えた。

 私は胸が痛くなる。

 結婚式当日に、
 愛する人が消えるなんて。

 どんな気持ちだろう。

 小田切さんは、
 難しい顔をしていた。

 記者として、
 感情だけでは見ない人だ。

 でも。

 私は少しだけ、
 この家族が気の毒に思えた。

 その時だった。

 ふと。

 私は視線を感じた。

 ぞくり。

 背中が冷える。

 なんとなく振り向く。

 すると――。

 桟橋の向こう。

 倉庫の影に、
 ひとりの女が立っていた。

 年の頃は三十前後。

 流行のモダンガール風。

 黒いドレス。

 ベージュのベレー帽。

 職業婦人のような、
 洗練された雰囲気。

 けれど――。

 その人は、
 じっと警察の様子を見ていた。

 まるで。

 誰かを待つみたいに。

「……小田切さん」

 私は小さな声で呼ぶ。

「どうした?」

「あの方……」

 私が指差すと、
 彼の顔つきが変わった。

「行こう」

 私たちは歩き出した。

 女は逃げない。

 ただ、
 その場に立っていた。

 近づいて――。

 私は気づいた。

 黒いレースの長手袋。

 その手が。

 ぶるぶると震えている。

 ――怯えてる?

 女は、
 ゆっくり頭を下げた。

 そして。

 手を差し出した。

「あなたが……」

 震える声。

「ドレスを縫ってくださった朝霧さんですね」

 私はその手を取る。

 ひどく冷たい。

「とうとう……見つかってしまいましたわ」

 低く。

 けれど、
 凛とした声だった。

 その瞬間。

 私は確信した。

 そして、
 はっきりと言う。

「あなたが――」

 一呼吸。

「《港の白い女》ですね」

 しん――。

 女が、
 一瞬目を伏せた。

 そして。

 静かにうなずく。

 隣で。

「ええっ!?」

 小田切さんが、
 素っ頓狂な声を出した。

 目をぱちぱちさせている。

「すみれさん!」

 慌てた声。

「この人、黒いドレスだぞ!?」

 ……そこ?

 私は静かに言った。

「彼女は――」

 女を見る。

「花嫁のお姉様です」

「え?」

 小田切さんが、
 本気で飛び上がった。

 ちょっと面白い。

 女は苦しそうに微笑む。

「ええ……そうです」

 震える声。

「妹は……もう、ここにはいません」

 まだ、
 肩が小さく震えている。

 私はそっと囁いた。

「安心なさって」

 彼女の目を見る。

「警察にも、ご家族にも、誰にも言いません」

 一瞬。

 女の肩から、
 ふっと力が抜けた。

 けれど。

 小田切さんは、
 記者の顔で問いかける。

「あなたが海へ連れて行ったのですか?」

「いいえ」

 女は首を振った。

「そんなの……ただの噂です」

 そして。

 遠くを見る。

「でも、それで十分でした」

 静かな声。

「横浜は――」

 一拍置く。

「女が消えることに、慣れていますから」

 その言葉に、
 私はぞくっとした。

 まるで。

 見つからない自信が、
 そこにあるみたいだった。
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