大正ハイカラ娘・朝霧すみれと新聞記者小田切レン~消えた花嫁の謎を解く~
第6話 切ない真実
小田切さんの目が、
すっと細くなる。
「あなたが殺した?」
低い声。
「保険金をかけて」
風が吹いた。
黒いドレスの裾が、
かすかに揺れる。
女は――。
しばらく、
何も言わなかった。
ただ。
遠くの海を見つめている。
霧はもう、
ほとんど晴れかけていた。
やがて。
彼女が、ぽつりと言った。
「妹は――生きています」
私は息を呑んだ。
小田切さんも、
一瞬言葉を失う。
「え?」
思わず声が出た。
「もう、別の名前で」
静かな声。
「別の町で、生きています」
風が吹く。
港の匂いがした。
私は小田切さんと顔を見合わせた。
彼の目が、
少しだけ大きくなる。
まるで、
予想外だったみたいに。
「どういうことです?」
小田切さんが聞く。
女は、
黒い手袋をぎゅっと握った。
そして。
ゆっくり語り始める。
「妹には……好きな人がいました」
低く、
震える声。
「けれど、家は許さなかった」
視線を落とす。
「財閥との縁談でしたから」
胸が、少し痛くなる。
ああ。
そういうこと。
結婚したい人と、
結婚できない。
大正の女の人には、
よくある話なのかもしれない。
「妹は言いました」
女の目が潤む。
『あの人と結婚できないなら、死んだ方がまし』
私は、
思わず息を止めた。
そんなに。
そんなに好きだったんだ。
「……だから」
女は、
唇を震わせた。
「私は、生きてほしかった」
静かな声。
「名前を捨ててもいい」
「家を捨ててもいい」
「全部捨ててもいいから――」
涙をこらえるように、
空を見る。
「生きていてほしかったんです」
胸が、
ぎゅっと苦しくなる。
小田切さんも、
何も言わない。
ただ、
静かに聞いていた。
「だから、提案しました」
女は続ける。
「《港の白い女》になりましょう、と」
風が止まる。
私は黙って耳を傾けた。
「妹が私にドレスを着せました」
「裾を持ってくれました」
「だから、あのドレスは汚れていなかったのです」
――あ。
私は、
はっとする。
裾。
あの違和感。
全部つながった。
「妹は黒い旅行着を着ていました」
「霧に紛れるために」
低い声。
「桟橋まで一緒に歩きました」
女の肩が震える。
「そして」
ゆっくり。
苦しそうに言う。
「妹にドレスを脱がせてもらいました」
「薄手のワンピースになって」
「ふたりで、抱き合いました」
涙声だった。
「……幸せになってねって」
私は胸が苦しくなる。
切ない。
あまりにも。
「それから妹は――」
女が空を見る。
「誰と、どこへ行ったのか」
一拍。
「私も知りません」
しん、と静まる。
波音だけが聞こえる。
私は、
そっとポケットから白い手袋を出した。
「これを……」
女が顔を上げる。
震える指で受け取った。
そして。
ぎゅっと胸に抱く。
まるで。
妹そのものみたいに。
「……ありがとうございます」
小さな声。
深く頭を下げた。
そして。
女は歩き出す。
霧の名残の中へ。
黒いドレスの背中が、
少しずつ遠ざかっていく。
――もう、
二度と会えない気がした。
振り返らない。
ただ前だけを向いている。
それが、
なぜだか泣きたくなるほど綺麗だった。
「……行かせるのかい?」
隣で小田切さんが言う。
私は静かにうなずく。
「ええ」
一呼吸。
「だって――」
胸が痛む。
「花嫁は、生きているんですもの」
その言葉に、
小田切さんが少し笑った。
「君は甘いな」
「そうでしょうか」
「でも」
彼が、
少しだけ優しい目をする。
「嫌いじゃない」
…………。
また。
急にそういうこと言う。
ずるい。
港には、
大きな汽笛が響いた。
まるで。
誰かの旅立ちを祝うみたいに――。
すっと細くなる。
「あなたが殺した?」
低い声。
「保険金をかけて」
風が吹いた。
黒いドレスの裾が、
かすかに揺れる。
女は――。
しばらく、
何も言わなかった。
ただ。
遠くの海を見つめている。
霧はもう、
ほとんど晴れかけていた。
やがて。
彼女が、ぽつりと言った。
「妹は――生きています」
私は息を呑んだ。
小田切さんも、
一瞬言葉を失う。
「え?」
思わず声が出た。
「もう、別の名前で」
静かな声。
「別の町で、生きています」
風が吹く。
港の匂いがした。
私は小田切さんと顔を見合わせた。
彼の目が、
少しだけ大きくなる。
まるで、
予想外だったみたいに。
「どういうことです?」
小田切さんが聞く。
女は、
黒い手袋をぎゅっと握った。
そして。
ゆっくり語り始める。
「妹には……好きな人がいました」
低く、
震える声。
「けれど、家は許さなかった」
視線を落とす。
「財閥との縁談でしたから」
胸が、少し痛くなる。
ああ。
そういうこと。
結婚したい人と、
結婚できない。
大正の女の人には、
よくある話なのかもしれない。
「妹は言いました」
女の目が潤む。
『あの人と結婚できないなら、死んだ方がまし』
私は、
思わず息を止めた。
そんなに。
そんなに好きだったんだ。
「……だから」
女は、
唇を震わせた。
「私は、生きてほしかった」
静かな声。
「名前を捨ててもいい」
「家を捨ててもいい」
「全部捨ててもいいから――」
涙をこらえるように、
空を見る。
「生きていてほしかったんです」
胸が、
ぎゅっと苦しくなる。
小田切さんも、
何も言わない。
ただ、
静かに聞いていた。
「だから、提案しました」
女は続ける。
「《港の白い女》になりましょう、と」
風が止まる。
私は黙って耳を傾けた。
「妹が私にドレスを着せました」
「裾を持ってくれました」
「だから、あのドレスは汚れていなかったのです」
――あ。
私は、
はっとする。
裾。
あの違和感。
全部つながった。
「妹は黒い旅行着を着ていました」
「霧に紛れるために」
低い声。
「桟橋まで一緒に歩きました」
女の肩が震える。
「そして」
ゆっくり。
苦しそうに言う。
「妹にドレスを脱がせてもらいました」
「薄手のワンピースになって」
「ふたりで、抱き合いました」
涙声だった。
「……幸せになってねって」
私は胸が苦しくなる。
切ない。
あまりにも。
「それから妹は――」
女が空を見る。
「誰と、どこへ行ったのか」
一拍。
「私も知りません」
しん、と静まる。
波音だけが聞こえる。
私は、
そっとポケットから白い手袋を出した。
「これを……」
女が顔を上げる。
震える指で受け取った。
そして。
ぎゅっと胸に抱く。
まるで。
妹そのものみたいに。
「……ありがとうございます」
小さな声。
深く頭を下げた。
そして。
女は歩き出す。
霧の名残の中へ。
黒いドレスの背中が、
少しずつ遠ざかっていく。
――もう、
二度と会えない気がした。
振り返らない。
ただ前だけを向いている。
それが、
なぜだか泣きたくなるほど綺麗だった。
「……行かせるのかい?」
隣で小田切さんが言う。
私は静かにうなずく。
「ええ」
一呼吸。
「だって――」
胸が痛む。
「花嫁は、生きているんですもの」
その言葉に、
小田切さんが少し笑った。
「君は甘いな」
「そうでしょうか」
「でも」
彼が、
少しだけ優しい目をする。
「嫌いじゃない」
…………。
また。
急にそういうこと言う。
ずるい。
港には、
大きな汽笛が響いた。
まるで。
誰かの旅立ちを祝うみたいに――。